ポーションを飲んで一息ついた頃。椎名が私をちらと見て、呆れたようにため息を吐いた。

「で? 隼人くん。その娘はいつまでそうしてるのかしら?」

「は?」

椎名にそう言われ、彼女の視線の向く方を見た。
ちょうど私の腰周り。そこにはバルがしっかりとしがみついていたのだ。
余りにも軽いので気にも留めず忘れかけていた。

「構わなくてもいいのじゃ! ウチとハヤトは一心同体。いつも一緒なのじゃ!」

椎名に突っ込まれ、バルはじたばたと足を振りながらそんな抗議の声を上げた。
駄々っ子のようなバルの挙動に椎名は完全に呆れているようだ。

「てゆーかさ、隼人くんてその精霊に契約してもらえないくらい嫌われてたんじゃなかったの? なんかめちゃくちゃ好かれてない!?」

彼女の言うことは最もだ。
私もバルに対する認識は嫌われている、だった。
だが今はどうだ。私の腰周りにしがみつき、尚も力を込めて全く離れる様子がない。
実際空の上なので離れると危ないという理由はあれど、それでも込められた力の強さがバルの私に対する好感度を物語っていた。

「ああ、私も正直戸惑っている。バル……あまりくっつかないでくれないか」

するとバルは首をぶんぶんと振り乱した。

「ハヤト! ひどいのじゃ! ウチをこんな体にしておいて、男として責任を取るべきなのじゃ!」

「え……隼人くん。その娘に何したの? ふつーに引くんデスケド……ていうかロリコンだったの?」

「いや、何もあるわけなかろう……」

「ハヤト! 酷いのじゃっ!! ウチはお主のせいでこんな体になってしまったのじゃ! もうウチはお主無しでは生きてはいけぬ体になってしまったのじゃ! その責任を取っておんぶや抱っこくらいするべきなのじゃ! ハヤト! お願いじゃ!」

「は……はああ??」

何故か半泣きになるバル。
おいおい、何だそれは。その言い回しは。
椎名はというと、先程の疲れは何処へやら、いつになく嬉しそうだった。

「隼人くん~、女の子泣かしちゃいけないんだ~。バルちゃん可哀想~」

「……」

私はため息混じりで、半ばヤケクソ気味にバルをお姫様抱っこする事にした。
ここで言い争いをしても、自分にいいように働く気がしない。

「おっ!? そうじゃハヤト! ウチは疲れやすいのでな。戦い以外の時は抱っこかおんぶで頼むのじゃ!」

そう言って嬉しそうに首筋抱きついてくるバル。いや、こそばゆいから。
まあ子供に好かれて悪い気はしないのだが……、だがこれは正直大分恥ずかしい。

「……椎名、早く行ってくれ」

「くくく……おもしろ」

椎名は新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに口元に手を当てほくそ笑んでいる。
全くこういう時だけ妙に元気になるのは椎名の悪いクセだ。まあ元気がないよりはよっぽどいいのかもしれないが。

「椎名……もう勘弁してくれ」

「はいはい、じゃあ行くわよ!」

素直に負けを認めると、案外すんなりと引いてくれた。
椎名の操る風はようやくヒストリアへと向かう突風と化す。
ふと空を見上げる。
果てしなく広がる空はどこまでも青い。
消耗は激しかったがヒストリア王国に到着する前に大幅な総合力アップが出来た事は間違いない。
バルも予想を遥かに上回る強さであった。
アリーシャの技には更に磨きがかかり、美奈の魔法も強力だ。
これは先々の戦いにおいてかなりの収穫となるだろう。
私はふと気になり美奈の顔を伺った。というのもここまでのやり取りにも一切参加してこなかったからだ。
彼女の横顔はいつになくぼうっとしているように見えた。
ポーションで回復したとはいえ、予想以上に消耗が激しかったのだろうか。
そうならばこの先しっかりとフォローしてやらねばならない。
当初の予定とは色々違った形とはなってしまったが、一行は間もなくヒストリア王国へと到着となる。
椎名の風の能力で遥か遠くに見えていたヒストリア王国があっという間に目の前へと迫ってくる。
彼の国は斜陽でキラキラとどこまでも輝いて見えた。
そこに魔族が待ち受けているとは到底思えない程に。