「うぐっ……!?」

突然の出来事に対応が遅れる。
咄嗟に出来たことは自身の目と顔を覆えただけ。
目の前に大量の燐粉のようなキラキラした物が舞っていた。
それは私の周りだけでなく、遥か遠く。魔物の群れも巻き込んで視界が夥しい量の燐粉に支配される。

「ハヤト! とにかく今は息を止めてこの粉のようなものを出来るだけ吸わないようにするのじゃ!」

「――――っ」

私は声には出さず頷きだけで彼女の提案に肯定を示した。
バルも流石にこの行動は読めなかったらしい。私達はとにかく変な影響が出る前に一度この燐粉の範囲から抜け出そうと走り出した。

「皆! 集まって!」

事態を察した椎名が風を纏い、いつの間にか接近していた。
すぐに私の体は浮遊感に包まれ遥か上空へと逃れた。魔物の群れが豆粒程の大きさになる。
その頃には周りに散らばっていた燐粉もなくなり、範囲の外へと抜け出ていた。
周りには美奈もアリーシャもいて、私は安堵した。

「――ぷはっ」

と同時に肺の中に新鮮な空気を取り込む。
咄嗟に息を止めたので燐粉を吸うことは何とか免れられた。

「ふう……ここまで来れば問題ないわ」

眼下を見下ろしながら呟く椎名は相当疲弊しているように見えた。
無理もない。ここまでずっと戦いっぱなし。風の能力も相当駆使してのことだ。
それにどれ程のマインドを要するのかまでは定かではないが、決して余裕を持てる労力ではないことははっきりと伺い知れた。
かなり無理をさせてしまっているという自覚はあるがそれでも今の私にはどうしようもできない。
自分が情けなくもなるが今は彼女に頑張ってもらうしか手立てがないのだ。

「にしても一体何だったのだ」

眼下に目を落とせば夥しい数の魔物が蠢いているのが見えた。

「――まさか」

そこで私はその動きに違和感を覚える。先程よりも活発化しているように思えるのだ。

「うん。魔物たちが凶暴化してるみたいね」

椎名が私の意図を組んで、それに頷き肯定を示す。

「なるほど、そういう技だったのか」

彼女は感知の能力もあるのでより正確にそれを捉えられたのだろう。
先程の魔族の燐粉を取り込んだ魔物は凶暴化してしまう。そういった自爆技だったのだ。
確かにあれだけの数の魔物が全て凶暴化するとなれば、三級魔族一体よりも脅威ではある。

「どうする? 戦う? それなりにはやっつけたけど、正直簡単に勝てるような数じゃないわよ? むしろ部が悪い」

眼下に広がる魔物はまだ数えきれない程いる。それこそ百や二百では利かない。
美奈もアリーシャも大きな怪我こそ無いものの、相当疲弊している。
こんな状態であれだけの数の魔物と一戦交えるなど自殺行為だ。

「ハヤト、このままヒストリア王国まで行ってはどうだろうか」

思案しているとアリーシャがそう告げた。実を言うと私もそう考えていた。

「うむ、私も同意見だが――」

椎名の方を見ると彼女は大仰にため息をついた。

「は~……分かったわよ。結局こうなるのね」

椎名は心底面倒くさそうにそう答えた。
彼女に無理を強いていることは申し訳なく思うが、今は踏ん張ってもらうしかない。

「よし、では決まりだ。このままヒストリアを目指そう」

「りよーかい。じゃあ早いとこ行くわよ! ……って美奈、大丈夫?」

椎名が呼んだので美奈の方を向く。今まで一切話に加わっていなかった彼女は、少し血色が悪かった。

「美奈!? まさか今ので何か影響が出ているのではないか!?」

慌てて声を掛けるが美奈は笑顔で首を横に振った。

「ごめん。少し疲れただけだから、大丈夫」

「そ、そうか」

疲れた表情に見えたのはほんの束の間で、彼女は疲労は見えるものの花のような笑顔を咲かせた。
懸念するようなことはなさそうではあるが、先程の戦いで美奈はかなりの魔力を消耗したはずだ。
そう思った私は懐からあるものを取り出した。

「美奈、受け取れ」

「??」

「それはピスタの街で購入したマジックポーションだ。飲めば魔力を回復する効果があるらしい」

「ん、そっか。隼人くん、ありがとう」

美奈にマジックポーションを二本共渡し、残り一つはそのまま彼女に所持してもらうようにした。
マジックポーションを飲んだ美奈は、先程よりも幾分顔色が良くなったように見えた。

「中々気が利くわね。他にはないの?」

「うむ、これも皆に渡しておく」

椎名に聞かれたタイミングで買ってあったもう一つの回復アイテム、ポーションも取り出した。

「こっちは体力を回復するものだ。皆、一応飲んでおくといい」

「ありがとうハヤト」

アリーシャも笑顔でポーションを受け取ってくれた。そこから一旦小休止。空中ではあったが皆小瓶にはいったそれを煽る。
ポーションは青い色をしており、薬のような味を想像していたが、思ったより清涼感のある爽やかな味で飲みやすかった。
飲んでいる最中に体全体が青い魔力の光に包まれた。
同時に体にあった疲労感が嘘のように消えていく。
ほうっと口からため息が溢れた。
こんな空の上とはいえ、私達は一度ここでほんの少し息をつくことが出来たのだ。