平原の緑、真っ青に広がる空。
鮮やかな彩りに包まれた世界に一瞬目が眩みそうになる。
色のある世界だ。私は無事、戻って来れたようである。
ホッと安堵の息を漏らしつつ、そんな場合ではないと大きく目を見開く。
一体これはどういうことだろうか。
大して時間は経っていない筈なのに、明らかに先程までとは状況が違っている。
ケルベロスを倒し、その後すぐに事は起こったというのだろうか。
山の麓に目をやれば、そこには夥しい数の魔物の群れ。それらがこちらへと向かって来ているではないか。
「――まさか……あれは全て魔物か?」
「隼人くん!」
聞き覚えのあるその声に顔を向けると、そこには美奈、椎名、アリーシャの三人の姿が。
私はすぐに合流できたことにほうと安堵の息を漏らす。
「隼人くん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
ぱたぱたと近くまで走ってきて私の顔を覗き込む美奈に笑顔で頷く。
「だが、あまり状況がよろしくはないようだな」
「――うん」
視線を彼女達の少し向こうへと這わせると、熊の魔物が。それにあれは、魔族か。
色黒のおおよそこの場には似つかわしくないような肌を大きく露出させた女性が立っていた。
その見た目とは裏腹に、彼女の体には酷く醜悪でどす黒い靄が内包していた。
美奈と共に椎名とアリーシャの二人の元へ行こうとして、ふと歩を止める。
というのもマントが引っ張られて首ごと後方へとひっくり返りそうになったのだ。
「――んなっ!?」
そちらに顔を向ければそこには一人の少女が立っていた。
言うまでもない。先程契約を交わしたばかりのバルだ。
それはいいのだが、私は彼女の行動の意図が分からず思わず首を傾げる。
「――バル? 何故出てきているのだ? てっきり私の中にいるものと思っていたのだが……」
私の言葉にバルはふんと鼻を鳴らし、こちらを見た。
そもそも精霊とは基本的に契約者の中にいるもの。
外側に具現化することも出来なくはないのだろうが、それにはある程度力を消費すると認識している。
実際椎名の連れている精霊シルフは、基本的に外に出て来る事は無い。
昨日宿屋で姿を目撃して以来出てきてはいないのだ。
そこはバルも同じだと思うのだが――。
バルはそんな私の考えを察してか。しばらく彼女を見つめていた私に不満そうな視線を向けつつ眉根を寄せていた。
「何じゃハヤト。ウチはハヤトとこちら側の世界に来た。それに何の不服があるというのじゃ?」
「いや――まあいい」
今はそれについて協議している場合でもない。
まだ精霊についての知識も不充分なのだし、一旦は目の前の問題に向かうことにする。
「分かった。では皆に軽く紹介だけしておく。こっちへ来てくれ」
「嫌じゃ。移動は疲れる。ハヤト、おんぶじゃ」
「は……?」
バルをそう促し連れようとした矢先、そんな言葉が彼女の口から放たれる。それには流石に私も少々面食らった。
しばらく思考が停止したように言葉を失う。
「だからっ、ウチは疲れているのじゃっ! ハヤトッ! おんぶなのじゃ!」
更に追い打ちを掛けるようにバルはその場にへたり込み、だだっ子のように手足をジタバタとバタつかせたのだ。
「――む……う……」
「早くするのじゃハヤト。さっさと乗せるのじゃ」
「うおっ!?」
私が逡巡していると、バルは私の背中にぴょこんと飛び乗ってきた。
「早く、進むのじゃっ」
「う……うむ」
戸惑いつつも仕方なく足を送り出していく。顔を上げた際にその一部始終を見ていたであろう美奈と目が合う。
何だかとても恥ずかしい気持ちになったが、取りあえず何か言わなければと思う。
「――私の精霊のバルだ」
「えっと――うん。そうなんだね……」
え? 何か気まずいんですけど?
この沈黙と逸らされた視線が痛いっ。
た……確かにこの状況下で幼女に駄々をこねられておんぶまでしてしまう自分に不甲斐なさみたいなものは感じるが、致し方なしではないだろうか!?
アリーシャも反応の仕方が解らず固まっている様子。
アリーシャ、そんな目で見ないでください……。
「ちょっと何やってるのよ隼人くんのあほっ! 遊んでる場合じゃないでしょおがっ!」
椎名の言葉に今度こそ私は我に返る。
彼女は流石と言うべきか、この短時間で先程までいた熊の魔物を一蹴していた。
褐色の三級魔族の方はまだ手加減をしているのか私達の状況を伺っているのか。その辺は分からないが、今のところ特に目立った攻撃はして来てはいないようだ。
私達の事を笑みを張りつけ舐めるように見ている。
「よし……あの女、せっかくだからウチが相手をしてやるのじゃ」
「は? バル?」
バルはそう言うと、急に背中から飛び降り腰に提げたロングソードを引き抜き前に出た。
彼女の横顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「隼人くん?」
「ここは任せてみよう」
「――うん、分かった」
戸惑う椎名は素直に私の言葉に従った。一旦魔族と距離を置き、代わりにバルが魔族と向き合う形となった。
ほんの少し、ピリついた空気が流れる。
「ククク……いいのかい? お嬢ちゃん、死ぬよ?」
「お嬢ちゃんではない。ウチはバルじゃ、露出女よ」
お互いに睨みを利かせ合う。そんな折、椎名が私の横に並ぶ。
「隼人くん、魔物の群れは私が何とかするからここをお願い」
魔物の群れはもう目と鼻の先まで迫っている。
確かにあちらも何とかしないとという状況ではある。
「椎名、だが流石に一人というわけには……」
「まあ何とかするわよ」
「椎名っ」
止める私の言葉を待たず、魔物の群れへと突っ込んでいった。
魔族は魔族でそんな椎名を黙って見送る。
どうやら興味はバルの方へと向いたようだ。
「お主ら二人もあっちへ行って構わんのじゃ」
バルは椎名を一瞥すると、続いて美奈とアリーシャに向けてそんな言葉を放った。
その事に私達は目を見開く。
余程自分の力に自信があるのだろうか。
一対一でこの魔族を倒せるとでもいうのだろうか。
彼女に内包する闇の濃度を見る限り、今まで出会ったどの魔族よりも強いのではないかと思えた。流石三級魔族といったところか。
「ハヤト、いいのか?」
アリーシャに判断を仰がれ逡巡する。
だがアリーシャも流石にあの数の魔物を椎名一人で相手にするのは無茶だと思ったのだろう。
どちらかと言えば魔物の方へと馳せ参じたいと感じているようだ。
そこで私も決断することにした。
「ではアリーシャ、美奈、二人共椎名を援護してくれ」
「――分かった」
「隼人くん、バルちゃんも、無理しないで?」
「うむ」
私の言葉に存外あっさりと二人は了承を示し、魔物の群れの方へと駆けていった。
あちらの方では椎名が既に派手に暴れているらしい。魔物の断末魔の悲鳴や時折空高く打ち上げられている様が見える。
これにアリーシャと美奈の二人が加わればある程度は持ち堪えられるのではないだろうか。
再び視線を褐色の魔族へ移すと目が合う。
ぞくりと背中に悪寒が走る。
ニヤリと浮かんだその笑みは余裕の現れか。やはりこの魔族、相当に強いと思った。
鮮やかな彩りに包まれた世界に一瞬目が眩みそうになる。
色のある世界だ。私は無事、戻って来れたようである。
ホッと安堵の息を漏らしつつ、そんな場合ではないと大きく目を見開く。
一体これはどういうことだろうか。
大して時間は経っていない筈なのに、明らかに先程までとは状況が違っている。
ケルベロスを倒し、その後すぐに事は起こったというのだろうか。
山の麓に目をやれば、そこには夥しい数の魔物の群れ。それらがこちらへと向かって来ているではないか。
「――まさか……あれは全て魔物か?」
「隼人くん!」
聞き覚えのあるその声に顔を向けると、そこには美奈、椎名、アリーシャの三人の姿が。
私はすぐに合流できたことにほうと安堵の息を漏らす。
「隼人くん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
ぱたぱたと近くまで走ってきて私の顔を覗き込む美奈に笑顔で頷く。
「だが、あまり状況がよろしくはないようだな」
「――うん」
視線を彼女達の少し向こうへと這わせると、熊の魔物が。それにあれは、魔族か。
色黒のおおよそこの場には似つかわしくないような肌を大きく露出させた女性が立っていた。
その見た目とは裏腹に、彼女の体には酷く醜悪でどす黒い靄が内包していた。
美奈と共に椎名とアリーシャの二人の元へ行こうとして、ふと歩を止める。
というのもマントが引っ張られて首ごと後方へとひっくり返りそうになったのだ。
「――んなっ!?」
そちらに顔を向ければそこには一人の少女が立っていた。
言うまでもない。先程契約を交わしたばかりのバルだ。
それはいいのだが、私は彼女の行動の意図が分からず思わず首を傾げる。
「――バル? 何故出てきているのだ? てっきり私の中にいるものと思っていたのだが……」
私の言葉にバルはふんと鼻を鳴らし、こちらを見た。
そもそも精霊とは基本的に契約者の中にいるもの。
外側に具現化することも出来なくはないのだろうが、それにはある程度力を消費すると認識している。
実際椎名の連れている精霊シルフは、基本的に外に出て来る事は無い。
昨日宿屋で姿を目撃して以来出てきてはいないのだ。
そこはバルも同じだと思うのだが――。
バルはそんな私の考えを察してか。しばらく彼女を見つめていた私に不満そうな視線を向けつつ眉根を寄せていた。
「何じゃハヤト。ウチはハヤトとこちら側の世界に来た。それに何の不服があるというのじゃ?」
「いや――まあいい」
今はそれについて協議している場合でもない。
まだ精霊についての知識も不充分なのだし、一旦は目の前の問題に向かうことにする。
「分かった。では皆に軽く紹介だけしておく。こっちへ来てくれ」
「嫌じゃ。移動は疲れる。ハヤト、おんぶじゃ」
「は……?」
バルをそう促し連れようとした矢先、そんな言葉が彼女の口から放たれる。それには流石に私も少々面食らった。
しばらく思考が停止したように言葉を失う。
「だからっ、ウチは疲れているのじゃっ! ハヤトッ! おんぶなのじゃ!」
更に追い打ちを掛けるようにバルはその場にへたり込み、だだっ子のように手足をジタバタとバタつかせたのだ。
「――む……う……」
「早くするのじゃハヤト。さっさと乗せるのじゃ」
「うおっ!?」
私が逡巡していると、バルは私の背中にぴょこんと飛び乗ってきた。
「早く、進むのじゃっ」
「う……うむ」
戸惑いつつも仕方なく足を送り出していく。顔を上げた際にその一部始終を見ていたであろう美奈と目が合う。
何だかとても恥ずかしい気持ちになったが、取りあえず何か言わなければと思う。
「――私の精霊のバルだ」
「えっと――うん。そうなんだね……」
え? 何か気まずいんですけど?
この沈黙と逸らされた視線が痛いっ。
た……確かにこの状況下で幼女に駄々をこねられておんぶまでしてしまう自分に不甲斐なさみたいなものは感じるが、致し方なしではないだろうか!?
アリーシャも反応の仕方が解らず固まっている様子。
アリーシャ、そんな目で見ないでください……。
「ちょっと何やってるのよ隼人くんのあほっ! 遊んでる場合じゃないでしょおがっ!」
椎名の言葉に今度こそ私は我に返る。
彼女は流石と言うべきか、この短時間で先程までいた熊の魔物を一蹴していた。
褐色の三級魔族の方はまだ手加減をしているのか私達の状況を伺っているのか。その辺は分からないが、今のところ特に目立った攻撃はして来てはいないようだ。
私達の事を笑みを張りつけ舐めるように見ている。
「よし……あの女、せっかくだからウチが相手をしてやるのじゃ」
「は? バル?」
バルはそう言うと、急に背中から飛び降り腰に提げたロングソードを引き抜き前に出た。
彼女の横顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「隼人くん?」
「ここは任せてみよう」
「――うん、分かった」
戸惑う椎名は素直に私の言葉に従った。一旦魔族と距離を置き、代わりにバルが魔族と向き合う形となった。
ほんの少し、ピリついた空気が流れる。
「ククク……いいのかい? お嬢ちゃん、死ぬよ?」
「お嬢ちゃんではない。ウチはバルじゃ、露出女よ」
お互いに睨みを利かせ合う。そんな折、椎名が私の横に並ぶ。
「隼人くん、魔物の群れは私が何とかするからここをお願い」
魔物の群れはもう目と鼻の先まで迫っている。
確かにあちらも何とかしないとという状況ではある。
「椎名、だが流石に一人というわけには……」
「まあ何とかするわよ」
「椎名っ」
止める私の言葉を待たず、魔物の群れへと突っ込んでいった。
魔族は魔族でそんな椎名を黙って見送る。
どうやら興味はバルの方へと向いたようだ。
「お主ら二人もあっちへ行って構わんのじゃ」
バルは椎名を一瞥すると、続いて美奈とアリーシャに向けてそんな言葉を放った。
その事に私達は目を見開く。
余程自分の力に自信があるのだろうか。
一対一でこの魔族を倒せるとでもいうのだろうか。
彼女に内包する闇の濃度を見る限り、今まで出会ったどの魔族よりも強いのではないかと思えた。流石三級魔族といったところか。
「ハヤト、いいのか?」
アリーシャに判断を仰がれ逡巡する。
だがアリーシャも流石にあの数の魔物を椎名一人で相手にするのは無茶だと思ったのだろう。
どちらかと言えば魔物の方へと馳せ参じたいと感じているようだ。
そこで私も決断することにした。
「ではアリーシャ、美奈、二人共椎名を援護してくれ」
「――分かった」
「隼人くん、バルちゃんも、無理しないで?」
「うむ」
私の言葉に存外あっさりと二人は了承を示し、魔物の群れの方へと駆けていった。
あちらの方では椎名が既に派手に暴れているらしい。魔物の断末魔の悲鳴や時折空高く打ち上げられている様が見える。
これにアリーシャと美奈の二人が加わればある程度は持ち堪えられるのではないだろうか。
再び視線を褐色の魔族へ移すと目が合う。
ぞくりと背中に悪寒が走る。
ニヤリと浮かんだその笑みは余裕の現れか。やはりこの魔族、相当に強いと思った。