「……アリーシャさん、やっぱりすごい」

アリーシャの不思議且つ面妖な剣技を目の当たりにして、美奈は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
いなくなったと思っていたアリーシャが、いきなりケルベロスの前に現れたかと思うとその首を一つ、いとも簡単に斬り伏せてしまったのだ。
その流麗な動き、気高くも美しい彼女の勇姿に惚れ惚れとしてしまう。
ふうと短い息を吐き、美奈も眼差しを強くケルベロスを見据えた。
自分もアリーシャに続く。
美奈は深呼吸を一つして、再び魔法に意識を集中させた。

『魔法というのは私が思うに、頭の中のイメージがはっきりと思い描けるのならば発動できるものなのではないかと思うのだ』

隼人に助言された内容だ。
それをきっかけに、つい先程無詠唱での魔法の発動を体現した美奈。
だが、本来の目的はこれではない。
これはまだ次のステップへと移るための準備段階。
隼人に言われた助言にはまだ続きがある。

『魔法を発動するために自身のイメージだけでそれが成せるなら、裏を返せばそれはイメージさえ描ければ魔法を発動する事は可能だという事なのではないか』

隼人は美奈にそう助言した。
美奈にとって彼の言葉は他の何よりも信頼に値する。それだけ隼人の事を心から頼りにしているからだ。
そんな想いは何よりも人に力を与える。
今の美奈にとって、彼の言葉がこの世の理の全てであるとさえ思えているのだ。
隼人に対しそこまでの想いを抱く美奈。それにはこんな経緯がある。
ネストの村で村長にこの世界を救ってほしいと言われ、それを素直に聞き入れられなかった隼人。
そんな彼の想いを感じつつも味方になってやれなかった。
その事を美奈は後からすごく悔いたのだ。
何故彼に真っ先に寄り添ってやれなかったのかと。
彼の言葉を受け入れる自分であれなかったのかと。
だがそんな彼女に隼人はこんな言葉を聞かせてくれた。

『美奈はあの時正しい事を言って私に気づかせてくれたのだ』

と。
彼はいつだって優しい。自分の事を一番に想いやってくれる。
そんな彼の言葉をどうして信用できない事があろうか。
隼人がそうだと言えば全ての彼が予測する事象は真実になる。
美奈の想いは強くそう解釈できるよう仕向けられているのだ。
自分に自信が持てず皆の足を引っ張っていると思う自分に新たな道を示してくれた隼人。その想いに応えたい。
彼の言葉を心の中で反芻する。
ただそれだけで美奈の胸に大きな希望という力が生まれ出るような、そんな気がするのだ。
だからこれは証明だ。
自分が隼人がこの世界で正しいという事の証明をするのだ。
美奈は隼人の隣にいつもいて、彼を支えるパートナーであり、常にその場所に自身を置いておけるように。
今は純粋にそんな事を願い、彼女は魔法の詠唱に入るべく深呼吸をする。

『スターライトジャッジメント』

今回ピスタの街で美奈が得たライトニングギャロップの魔法ともう一つがこれだ。
この魔法の詠唱はこうだ。

『この身に宿りし光のマナよ 空に散りばめられし光となれ
今ここに 万物を消し去る神の力となりて 彼の者に降り注げ
一切の塵芥すら残さずに 光は神々の裁き 彼の者に降り注げ』

この魔法のイメージは結局美奈には持つことは出来なかった。
発動する事は叶わない。それは今も同じ。
だが隼人は全く別の切り口で美奈へと助言を持ち掛けてくれた。
その助言から導き出された美奈の答え。ふうと短く息を吸い込む。

「この身に宿りし光のマナよ」

美奈のその柔らかな唇から小鳥の囀りのように言葉が紡がれる。
その瞬間大気が震えた。
以前はこの一節を唱えても何の変化も起こらなかったというのに。
今回は魔法が形成されているのだ。大魔法の初動が静かに、だが確かに築かれつつあった。

「空に集められし雷となれ」

美奈の脳内には確かなイメージが描かれていた。
呪文の改変――。
隼人が教えてくれた事。それはイメージが出来ないならイメージ出来るようにしてしまえばいいという事だった。
結局詠唱とはイメージをより具現化、具体化させるものだ。
隼人から詠唱をこう言ってみてはどうかと言われた時は狐につままれたような思いであった。
だがこの詠唱なら言葉から確かなイメージが描ける。それによりイメージは確かな形となって美奈に魔法という力を具現化させていく。

「今ここに 万物を消し去る神の力と成りて 彼の者に降り注げ」

美奈のイメージに共鳴するかのようにケルベロスの頭上に稲妻のような光が巻き起こる。

「う……くっ……」

美奈が詠唱の途中で顔をしかめた。
流石にスケールが大きい魔法だけあって、身体の中の魔力が根こそぎ持っていかれるかのような消失感と虚脱感が彼女を襲うのだ。
これは全くの予想外。
だがそんな事、美奈が皆の役に立つために引き換えると思えば些末な事だ。
少し疲れるくらい何ともない。
自分の大切な人が血を流し、膝をつき倒れていくのを何も出来ずに見ている事しか出来なかった、その恐怖と絶望に比べたら。
美奈は笑った。頬に汗を滴らせながら、敵であるケルベロスを見据えながら、にっこりと。
自分が無理をする事で大切なものを守れる。大切なものを守るだけの力が自分にも宿っているという証をその身に感じながら。
ゆっくりと右手の人差し指をケルベロスへと向け、詠唱を継続していく。確かなイメージを確実に形にするために。

「一切の塵芥すら残さずに 雷は神々の裁き 彼の者に降り注げ」

詠唱の一語が重なる度に稲光が巻き起こり、大きさを増していく。身体中の力が根こそぎ持っていかれる。
美奈は今一度地に着ける足に力を込めた。
後はこの魔法を完成へと導くだけ。美奈は自分の中に在るありったけの魔力を絞り出すように唇を噛み締めた。

『隼人くん、ありがとう』

心の中で謝辞を述べ、今は姿が見えない愛しい人の事を思い浮かべる。それだけで身体が少し軽くなったように感じる。
そして思い描いただけの形を、この魔法に込められる全ての魔力が充たされた時、美奈は声の限りに力ある言葉を解き放った。

「ライトニングジャッジメントッ!!」

その刹那。迸る稲妻が。帯びただしい光状の奔流が。光の激流を生み出した。
光が視界を駆け巡り、眩いばかりの煌めきに少し遅れて怒号のような金切り音が耳をつんざきけたたましく辺りに木霊した。
ほんの一瞬の出来事だった。
その大きすぎる力の見返りとして、ケルベロスの右側の頭部は声を上げる暇も一切与えられずに、その姿を消し炭へと変えたのだった。