「ストームプレス!!」

ケルベロスの真上に跳び上がった私は、そこから暴風を地上へと向けて放つ。
ケルベロスは体全体を覆い尽くす量の暴風にガクッとお座りのような形となって動きを止めた。
それでもやっぱり大したダメージにはなっていないらしく、低い唸り声を上げるだけでその場に止まっているのみ。
現在私は絶賛ケルベロスを足止め中だ。
か弱い女の子一人にこんな大きな魔物の気を引く役目を与えるのだからどんだけドMなのよ隼人くんと思わくもなかったけれど、私もこれがベストだと思うから仕方ない。
隼人くんの思考と私の思考は似ている。
いつも考えが到達する場所が同じというか、言葉少なくとも互いの思考が読めるからやりやすいのだ。
ケルベロスはかなりタフな魔物だ。
中途半端なダメージを与えてもすぐに回復してしまう。
そこで、倒すならばやっぱり一気に大ダメージを与えて押し切るしかないというのが私と隼人くんの見解だ。
けれどその大ダメージを与える役目は私じゃない。
能力の汎用性を考えても私は引きつけ役ってこと。
風の能力は総じて威力が弱い。
精霊と契約を交わしてからは、四級魔族を一撃で倒すほどの力は得た。
あれだけ最初苦戦していたのだからそれはそれですごいことのように思うけれど、実は本当はそうでもない。
彼らを倒す事は精神世界に影響を及ぼせる精霊の力を得た今となっては赤子の手を捻るようなもの。
彼らは思ったよりも脆いのだ。
精霊の力を得る以前はそもそも彼らに触れることすらままならなかったというか。そもそも存在している世界線がこちらと精神世界で異なっていたのだから、彼らに私たちが影響を及ぼすこと自体が無理な話だっただけで。
それが叶う力を手に入れた今となっては、四級魔族はそこら辺の雑魚の魔物と同様、大した相手ではなくなったのだ。
けれどこのケルベロスは違う。
この現実世界で物理的に硬い皮膚を持つ生き物なのだ。
圧縮した空気や真空波程度では傷一つつけられない。
風の能力は空を飛行したり、風の流れから周りの動きを察知したりと利便性はかなり高い。
けれど硬度の高い敵を倒すということには向いていないのだ。
硬度の高い魔物に傷をつけるだけなら攻撃力の高い武器で物理的に攻撃した方がよっぽど効果が得られる。
隼人くんの剣の攻撃に改めてそれを思い知らされた。
この辺は私のこれからの課題として心に止めておくことにする。
そんなこんなで私はケルベロスを打ち倒すための攻撃をするための囮となり時間を稼いでいるというわけだ。
けれどそんな最中。私は徐々にケルベロスの攻撃を見切り始めていた。
最初こそケルベロスの動きの速さや光線の威力には冷や冷やさせられたけれど、そのスピードにも次第に慣れたのだ。
1対1の勝負なら、私を捉えることは最早到底叶わないだろう。それ程の余裕が生まれ始めていた。
私はケルベロスの攻撃を避わしつつ、動きを翻弄しつつ、周りの風の動きを感じながら、この戦いの終わりを予見していた。
ようやく準備が整ったのか、私の元に頼れる仲間が近づいてくるのを察知する。

「そろそろかしら? アリーシャ」

「ああ、待たせたな」

「――??」

その気配を読んで彼女に声をかける。
するとどうだろう。私はそこで不可思議な状況に遭遇していた。
アリーシャがこちらへと近づいてきているのを察知したから今私は声を掛けた。
けれど振り向いた先に彼女の姿はどこにも見受けられない。

「え? アリーシャ、どこ!?」

確かにすぐ側にアリーシャの存在を感じる。
感じはするのだけれど視認することが出来ない。
それでも私はここだと思う場所を目を凝らして見つめ続けてみた。

「――あ」

するとどうだろう。うっすらと彼女の姿が空間に浮かび上がったのだ。
それはまるで不透明な幽霊のようだった。
ケルベロスはというと獣の嗅覚の鋭さからなのか、アリーシャの存在に最初から気づいているようで、そこ目がけて前足を振りかぶる。

「アリーシャ!?」

「――大丈夫だ」

アリーシャの元へ寸分違わず打ち据えられたその爪牙は、不思議と彼女の体をすり抜けた。
ケルベロスは勢い余って前につんのめりそうになり、それを既の所で堪える。
続けて今度は左の頭を伸ばし、アリーシャをその獰猛な顎で噛み砕こうとした。

「ヒストリア流剣技、林」

アリーシャは爪牙には目もくれず、力ある言葉と共に自身の剣を振り下ろした。
撫でるように。緩やかな速度で音も無く、剣がケルベロスの右側の首筋を通過していく。

「――ぎゅわうっ!?」

「――まじっ!?」

まるで手品でも見させられているみたいだった。
私がこれまでどんな攻撃を浴びせても、かすり傷程度しか負わせられなかったケルベロスの首。
それがアリーシャのたったそれだけの挙動でなんとかくりと折れ曲がり、ぐったりとした状態になってしまったのだ。