「そうだ。美奈は魔法を発動する際のイメージを固めたいと言った。要するに、他の魔法に関してはイメージがしっかり固まっているということで問題ないか?」

「えと……うん。イメージは……あるかな。頭の中で描いたものが具現化する感じだから」

美奈は自身の口元に人差し指を当てつつ、斜め上の虚空を見つめながら答える。

「ライトニングスピアとライトニングギャロップ。この二つの魔法にはどんなにイメージを持っているのだ?」

「えと……ライトニングスピアは光の矢を飛ばすイメージで、ライトニングギャロップは光の信号……かな」

「光の信号?」

「うん。人の体の中ってさ、脳から体に指令を送る時、電気信号が各所に走って実際に体を動かす、みたいなイメージがあって。要するにそれを活性化させられるだけの光を体に与えれば、動作の速度を上げられるんじゃないかっていう……そんなイメージかな」

「すごいな。咄嗟に人の体に起こる電気信号をイメージするとはな」

「生物の授業でそういうの、習ったことあるから。そうかなって思って使ったらうまくいったの」

美奈は褒められ恥ずかしそうに頬を赤らめた。
だが本当にそのイメージをすぐに抱けたのには感服する。

「だがそれだけのイメージが抱けるのならもう1つの魔法もいける気がしてしまうのだがな」

「う~ん……そうかな」

そこはやはり自信がないようだ。
では視点をまた変えてみようと思う。

「美奈、魔法というのは私が思うに、頭の中のイメージがはっきりと思い描けるのならば発動できるものなのではないかと思うのだ」

「ん……というと?」

「詠唱は頭の中でイメージをはっきりと思い描くための補填にすぎない。極論を言ってしまうと詠唱など無くとも魔法は発動できるものなのではないかと思うのだ」

「――ん……ふわあああ」

私の言葉をしばらく頭の中で咀嚼して、やがて美奈の口から変な声が漏れた。
目をぱっちりと大きく見開き、今も尚「はわわわ」と声を漏らす美奈は可愛らしすぎた。
恐らく感心しているとか、目から鱗とかそんなところなのだろうが。どうしてそんな所作が飛び出てしまうのか謎だった。
だがそんな謎すぎるところが可愛らしすぎる。
本当にこの娘はいつまで経っても可愛い。無理。

「ど、どうした?」

少し間を置き、心の中で深呼吸。自身をほんの少しだけ落ち着かせると胸のドキドキは治まらないままに声を絞り出す。
美奈はそんな私の胸の内など知らぬまま、きらきらと目を輝かせている。

「そんな事、考えもしなかったよ。隼人くんはやっぱりすごいねっ」

「そ、そうか? 割と誰でも思いそうなことのような気はするが。ほら、椎名とか」

満面の笑顔で素直に感嘆の声を漏らす美奈。
私はその仕草があまりにも可愛くて少し照れくさくなってしまうのだ。ちょっと直視出来ずに話すら逸らしてしまいそうになる。
こんな時に我ながら何をしているのかと思うが、平静を保つためには必要だった。

「あ~。二人はけっこう似てるもんね。なんか分かるかも」

「む、そうか? 別に似ていないと思うが……アイツはかなりお調子者だしな」

「ふふ……そういうことじゃなくて。でも似てるから二人とも大好きなのかも」

「そ、そうか……」

本当に、素でこういうことを言える彼女には叶わない。こんな時に止めてほしいものだ。

「美奈……もう勘弁してくれ……」

「???」

しかも今の私の能力上、それが本気で心から言っているのだと分かってしまうから余計に質が悪い。

「こほん。――要するに、私が言いたいのはこういうことだ」

照れくささを隠すように咳払いを1つ入れ、逸れた話の軌道を戻し、思考を吐露することにした。
これ以上は無理なのだ。真面目に話を進めることが今の最善策だ。
そんな私の話の続きを、美奈は終止ぽかんと口を空けて私の話を聞いていた。
その表情もたまらなく可愛いかったが、何とか思っていることをしっかり話せたと思う。

「――――隼人くんっ! すごいよ! それならなんだか私、できそうな気がする!」

一通り話を聞いた美奈は嬉そうに胸元に近づいてきて、私を見上げながらフンスと息を荒くした。
中々手強かったが、どうやらこれで完全に悩みを払拭できたようだ。
変な汗をかきながら、私はようやく彼女に確かな助言ができたと確信できた。

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こうして隼人は美奈にある助言をくれた。
それが本当に上手くいくかどうかはやってみなければ分からない。
だが今の美奈は何となく上手くいくような気がしていた。
いや、失敗のイメージが湧かない、と言った方が正しいのかもしれない。
隼人がくれた助言が自分に力を与えている。そういう気持ちが強いというのが大きな要因だ。
隼人は美奈に先程二つの仮説を与えた。
この世界の魔法はイメージがとても大事なのだ。
自分の中でイメージがしっかりと形成出来れば魔法は発動する。
そのイメージの手助けとなるのが呪文の詠唱だ。
では、もしかするとイメージがより強固なものとなれば、詠唱なしでも魔法は発動可能なのではないか。
それが一つ目の仮説。
美奈はまずその仮説を裏付けるために魔法を唱えた。
と言っても今回は頭の中だけでやるのだ。
光のマナのイメージを一から組み立てていく。
光を手に集め、それを一筋の雷光にして放つ。
何度も放ってきたその魔法のイメージを頭の中だけでしっかりと描いた。
そしてそれを力ある言葉と共に解き放つ。

「ライトニングスピア!」

力ある言葉を発した途端、美奈の指先から一条の光が放たれた。
威力は詠唱した時よりは落ちるが、やはり魔法は発動した。

「やっぱりっ……!」

美奈は半ば興奮したように顔を上げた。
ともすれば近くにいた筈のアリーシャが見ていたかもしれないと辺りを見回す。
だがそこにはついさっきまでいた筈のアリーシャはもう何処にもいなかった。

「……? アリーシャさん……どこ?」

不思議に思い、つい彼女の名前を呟く美奈。
だがその声は平原に空しく透き通っていくだけであった。