ツーハンデッドソードを握り締め、ケルベロスへと一直線に駆けていく。
美奈の補助魔法のお陰で地球上のどの生物よりも速く駆けている自信すらある。
魔法とはすごい代物だ。
あれから美奈と魔法についての会話をしながら改めてそう思った。
ある程度時間は掛けてしまったが、彼女に対し伝えるべき事は伝えられ、いいアドバイスが出来たと思う。
光属性の高位な攻撃魔法が一体どんなものかはわからない。
だが彼女ならば必ずそれを成功させ、私達の大きな力となってくれるに違いない。
ただもう少し、時間が必要だろう。
その時間くらいは私が捻出しようではないか。
ケルベロスは椎名が注意を引いてくれている。だが流石に任せすぎだ。
いくら彼女が風の精霊の能力を開花させ、大きくパワーアップしたといっても流石に限度があるだろう。
ここからは私も加勢することにする。
ケルベロスは彼女の動きに気を取られ、こちらにはまだ気付いていない。
ならばと私はケルベロスの数メートル手前で思い切り跳躍し、悠々と頭の上から剣を振りかぶった。

「はあっ!」

渾身の力を込めて振り下ろした剣は、見事真ん中のケルベロスの頭を捉え、首筋に数十センチ、深々と突き刺さる。

「グオアアアアアッッ……!!!」

「隼人くんっ」

「待たせたなっ」

単純に跳躍からの落下による重力と腕力の組み合わせによる加重攻撃。
如何にケルベロスの皮膚が硬いとはいってもこれだけの重量の剣の振り抜きに無傷とはいかなかったようだ。
結果は予想以上。
ケルベロスの皮膚は想像ていたよりも柔らかく、剣を首筋に突き刺す事に成功してしまう。
私の読みよりは少し硬度は低かったのだ。
それ自体はこの戦いに於いて喜ぶべき情報であったが、それは椎名の攻撃の軽さをも露見させたとも言える。
彼女が私達に攻撃を任せ、単身気を引く事に回った理由が良く解る。

「椎名。大丈夫か?」

「誰に言ってんのよ。この疾風の椎名ちゃんがやすやふとやられるわけないでしょっ」

椎名の軽口はスルーして、ケルベロスの首筋に更に剣を突き立てる。

「ガアアアッ!!」

ケルベロスは苦しみ悶えながら、首から鮮血を撒き散らした。
大きく頭を振り乱すケルベロスから一旦剣を引き抜き素早く跳躍。地面に着地し再び距離を取った。
美奈の魔法の効力にまだ慣れておらず、ほんの数メートル距離を取るつもりが十数メートルもの距離が出来てしまう。
ケルベロスの真ん中の頭にはそれなりにダメージを与えられた。
目が血走り、若干息が荒く伏し目がちで苦しそうに見える。
両脇の二頭が着地した私を憎々しげに見やり、口からそれぞれ時間差で光線を吐き出した。

「隼人くんっ」

「椎名っ」

私は二本の光条には目もくれず再びケルベロスへと向けて一直線に駆け抜けた。
光線は真っ直ぐこちらへ向かってきて、私に当たる直前で何かにぶち当たったように角度を変え空へと通り過ぎていった。
勿論言うまでもなく椎名の能力である。

「ちょっと、何無茶してんのよ!?」

「お前がいれば大丈夫だろう」

実際名前を呼んだだけで私の意図を察し対応してくれる彼女は本当に頼れる存在だ。
更に加速し、今度はケルベロスの前足に剣を突き立てる。
ブシュッと音を立てて再び鮮血が迸る。

「ガハアォッ!!」

顔をしかめ鮮血を噴き出した前足を、私を叩き潰そうと何度も地面に叩きつける。
私はその丸太のような前足を反復横跳びの要領で既の所で避わし後ろに跳んで距離を取る。

「ストーム・バレット!!」

「ガッハアアッッ!!」

距離を取ったのを見計らい、その直後に椎名の風の弾丸が私が付けた足の傷に寸分違わず撃ち込まれる。
痛みに顔を歪めるケルベロス。
傷を負った前足を痙攣させながら、傷口を舐めている。
怒りに顔を歪め続けてはいるが、自分をここまで傷つける相手に対し警戒心を強めたのか。私達を睨みつけながら低い唸り声を上げ、しばらくその場に留まった。

「やるじゃん。精霊とケンカ中なのにさ」

椎名がケルベロスからは目を離さずに、隣に並ぶ。

「ああ、無い力に頼っても仕方ないからな。身体能力は覚醒により向上したままなのだ。その上で美奈の補助魔法もある。相手が魔物ならば物理攻撃は効く。ならば全くやれないということはない」

「――さすが隼人くん。頼もしいわね」

「それよりも椎名、一つ手を貸してほしい事がある」

「何よ?」

私はこの瞬間を機にケルベロスへとダメージを与える算段を椎名へと話していく。
私自身今のやり取りでケルベロスにダメージを与えられる事は確信したが、やはり自身の力だけでは心許ないのだ。椎名は私の提案を黙って聞いていた。

「……ふむふむ。要するに椎名ちゃんがいないとボク生きていけないってことでいいのね?」

相変わらずノリの軽い奴だと思いながら、彼女なりに場の空気を鑑みているのだろう。
言葉とは裏腹に若干不安そうな胸の内が見て取れる。要するに彼女のこういった軽々しい態度は不安の裏返し。つまり強がりということなのだ。

「――そういう事だ。頼りにしているぞ、椎名」

二つ返事を返すと椎名は一瞬目を見開き、それから不服そうな顔をした。

「ふんっ、隼人くんてそういうとこあるよね。そんなんだから美奈のことでからかわれるのよ」

「いや、それは意味が分からない。というか勘弁してくれ」

「やだよっ。――ていうかそんな場合じゃなかったわね」

「うむ」

そうこうしているうちに再びケルベロスがこちらに近づいてきたのだ。
改めてケルベロスの方を見て私達は驚愕する。

「おい……」

「うん……かなり面倒なんだけど……」

その場に留まっていた時は警戒心を強めたからだと思ったが、どうやら違ったようだ。
こちらへ迫ってくるケルベロスの体の傷は、その殆どが癒えてしまっていた。

「どうやら再生能力も備えているようだな」

「?? ――何でそんな平然としちゃってるわけ?」

私がえらく反応が薄いことに椎名は眉根を寄せた。
低く唸り声を上げながら近づいてくるケルベロスはかなりお怒りのようだ。
そんなケルベロスに向けて剣を正中に構え直し見据える。

「まあ、想定内だ」

「あっそ」

椎名は片目を瞑り面白くもなさそうに短いため息を吐き身構えた。
そんな彼女を横目にちらとアリーシャと美奈の様子を確認する。

「――椎名、とにかく今は時間を稼ぐぞ」

椎名も一瞬ちらと残りの二人へと目を向け、それから私の顔を見て頷きつつ、にこりと笑顔を見せた。

「頼りになるわねっ、リーダー!」

私達は再びケルベロスへ向けて地を蹴った。