「すごいわよっ! 美奈!」

「え!? そ、そうかな?」

私は美奈の手を掴んで顔を近づける。
美奈はその勢いに後ずさって戸惑いながら小首を傾げた。

「そうよ! これがあれば他のみんなもこんなに超スピードで動けるってことでしょう!?」

「あ……うん。そう」

「あなたの力でみんなの力の底上げができて、有利に戦いを進められるってことじゃない!」

「そ……そうかな?」

半信半疑といった表情は変わらない。
私はそんな彼女の反応に、少し焦れったくなってしまう。
だから余計な事とは思いつつもついつい言ってしまうのだ。

「そうよっ! だから美奈! 自分は足手まといだとか、みんなの役に立てないとか、そんなことで落ち込まないで! 私たち、みんなそんなこと全く思ってないんだから!」

美奈の相貌が見開かれる。
思ってることははっきりと声に出して言った方がいい。
いつだって私たちはそんな関係性でもって接してきた。だからこそ私たちは自信を持って親友なんだって思える。
私は握った手にさらに力を込めた。
美奈にこんな事で躓(つまず)いてほしくない。
いつものように、みんなを照らす光のような存在でいてほしいのだ。
私は彼女の紫紺の瞳を、逸らすことなくこれでもかと見つめ続けた。
どれくらいそうしていただろう。
10秒? 30秒? 1分? 1時間? いやいや、そんなことはないけれど。
やがて彼女はふうと息を吐くと、折れたように笑顔になる。
それは諦めとか根負けしたとかのものじゃなく。
本当の心からの笑顔に。
その瞬間私の想いがきちんと彼女に届いたって、伝わったって思えた。

「ありがとう、めぐみちゃん」

その笑顔があまりにも女神すぎて、女の子の私でも胸がきゅんとして照れ臭くなってしまう。
美奈マジエンジェル、いや、ゴッデス。

「えへへ。どういたしまして。じゃさ、この勢いでもう一つの魔法も試しちゃおうよ。私も手伝うからさ」

「うん。でも、これは一人でやるよ。ちょっと簡単にはいかなそうだし」

「――そうなの?」

はてと小首を傾げる私。
このまま手伝う分には一向に構わないのだけれど。
まあ別に遠慮してるってわけではなさそうだし、ここは素直に聞き入れることにする。

「分かった。じゃあ近くで見てるね」

「うん。じゃあめぐみちゃんはサンドイッチ食べていいよ?」

美奈の言葉に頷きつつ、今度こそ手近な岩に腰を下ろし、サンドイッチにありつこうとしてはたと美奈と目が合った。
何だかその瞳が生温かく感じられて一瞬手が止まる。

「――あれ? 私ってもしかして食いしん坊キャラになってる?」

「うん、否定はできないかな」

「くはっ……!!?」

いつもは遠慮がちな美奈がここは即答で来たもんだから、さすがの私も若干自制すべきかと反省する。
それを慌ててぱたぱてと手を振り否定する美奈。

「あっ、でもめぐみちゃんの場合それがいいっていうか、ありよりのありだよっ!?」

「ありよりのありって言われても全然フォローになってないんデスケド!?」

『ククク……』

私たちのやり取りを聞いていたシルフが笑う。
少しむくれた気持ちになったけれど、そもそもここまでの私たちの会話を黙って見守っていてくれるくらいにはデリカシーはあるようなので、今回はスルーしてあげることにした。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「――この身に宿りし光のマナよ 空に散りばめられし星となれ 今ここに……」

「……」

サンドイッチをあっという間に平らげた私は美奈の挙動を見つめながらふむとうなる。
さっきから一向に魔法が発動する気配が無いのだ。
何度やっても結果は同じだった。
魔法屋のお婆さんも言っていたけれど、やはりかなり難しい魔法らしい。
美奈はついには魔法を完成させることもなく、途中で詠唱をやめてしまったのだ。

「やっぱり難しいの? それ」

美奈の邪魔をしないようにと黙って見守ってはいたけれど、さすがに彼女も明らかに行きづまっている。
ここいらで一度声をかけてみることにした。

「うん。なんかイメージがうまく掴めなくて……」

彼女は俯きぽそぽそとごちる。
その横顔は明らかに落ち込んでいた。

「イメージ?」

「うん。ライトニングギャロップはすぐにイメージできたんだけど、こっちの魔法は魔力をどう形にするか、中々しっくりいかないの」

「ふ~ん……要するに魔法っていうのはさ、頭の中のイメージを魔力を使って形にしている感じってことなの?」

私は精霊との契約をしてはいるものの、こういう魔法自体は使ったことがない。
その原理のイメージが湧かないのだ。
だからまずはその辺の部分から攻めてみようと思う。

「ねえ、そもそもさ。魔法にはなんで呪文があるんだろうね」

私は素朴な疑問を口にする。

「――え?」

その言葉に美奈は呆けた表情を作った。

「だってさ、精霊魔法にはそんなものないじゃない? 私が風を操る時、詠唱なんてしたことないもの。それに、イメージを形にするっていうことなら私の使う精霊魔法と変わりがない気がするんだよね」

「あ――そう……だね。そうだよね」

美奈は私の言葉を咀嚼するようにこくこくと頷き、何かを考え込むように一点を見つめた。

『まあ精霊の力は絶大だからね。ボクなんかはほら、息をするように風を操れちゃうからさ』

「はいはい……あ」

話に割り込んできたシルフの言葉を聞いていると、隼人くんとアリーシャが宿屋に向かう所だということに気がついた。
美奈に再び声を掛けようとしたけれど、ついさっきまで話していたのに、今は魔法と向き合っているのか目を瞑り真剣な表情で佇んでいる。
何か掴めそう――になったのかもしれない。
ここで邪魔をしては悪い。私はそれならばとこの場に感知の目を残しつつ、隼人くんたちと合流してここへ連れてくることに決めた。
気がつけばライトニングギャロップの効果は既に切れていたけれど、通常の状態でもここから五分も掛からない距離。
ここに美奈だけを残すのは若干危なっかしいかもしれないけれど、感知さえしっかりしていれば、まあ大丈夫だろう。
私は今も尚集中している美奈を横目に、風を操り空へと飛び立ったのだ。