「――――」

急に放たれたその言葉に私はしばし沈黙。
突然何を言われたのか頭の中が真っ白になり、数瞬の後、私の頬にはちろりと冷や汗が伝う。

「え……と。シルフと契約してから確かに回避とかには多少自信あるけど、それでもちょっと心配かな……。もし当たったらちょっとね……さすがに痛いかもだし。まあ美奈に治してはもらえるから万が一があっても大丈夫だとは思うんだけど……それでもさ、これから移動とかけっこう気合い入れないとだしさ」

恐る恐る丁重にお断りしようとする私の言葉を受けながら、ぽかんとした表情を浮かべていた美奈。
何だか噛み合っていないような気がする。
彼女はやがて合点がいったようで、ハッとした表情になって顔を赤らめた。

「あっ……いやっ、ごめん! そ、そうじゃなくて!」

「――あっ、そゆこと?」

彼女の明らかに動揺した反応で、さすがの私もぴんと来た。
というか私ったらばかだ。
考えが足りないにも程がある。

「あのさ、新しい魔法って補助魔法か何かなの?」

私の言葉に慌てて口をぱくぱくさせていた美奈はコクコクと激しく首を縦に振った。
――やっぱり。私ってバカだ。
冷静に考えれば分かることじゃん。美奈が私に向けて攻撃魔法試し撃ちとかあるわけ無い。
何を勘違いしたんだかと私も途端に恥ずかしくなった。

「そうそう! ライトニングギャロップって言ってね。攻撃魔法じゃないからっ、安心して?」

「あ、そうだよねっ! ごめんねっ! うんっ!」

美奈の言葉に私は安堵しつつ頷く。
けれど、それでもだ。多少の不安は残るのは否めない。
私はほんの少し、う~むと唸ってしまった。

「――確かに効果がどんなものか知る必要はあるものね。……でもさ。それ、ほんとに大丈夫なわけ? 疑うわけじゃないけどさ。失敗して暴走したりとかしないの?」

「う――それは……たぶんとしか言えない」

自信なさげに俯く美奈。
確かに魔法なんてつい最近覚え始めたことなのだ。自信なんてないだろう。
初めて人に注射を打つ看護師さんみたいな気分なのだろうか。
そんなことを考えるとさらに不安は募っていく。
けれどせっかく美奈を元気づけようと画策していたのも事実。
親友としてここで引き下がる訳にはいかない。

「分かった分かった。いいわよ、早くやっちゃいましょ?」

「え、いいの!?」

「う……ん」

私の呻きにも似た返事に美奈の顔はさらに曇っていく。
やっちまったと思い、そこで私は覚悟を決めた。

「わ、わかったからっ! 時間ないんだから早くやっちゃいなさい! ほらっ、カモンッ! ミナチャンッ!!」

私は最後若干変なテンションになりつつ、腰を低く構え両手でクイクイと美奈に魔法を促す。
まあ失敗しても、死んだりとか痛かったりとかは別にないだろう。
万が一怪我したら美奈に治してもらうことはできるのだし。
何より美奈に自信をつけさせてあげたいから、やるっきゃないっ! 女は度胸よっ!

「う……ん。わかった、ありがとう。めぐみちゃん」

美奈もようやく納得してくれたようで。軽く深呼吸した後、彼女はゆっくりと目を閉じた。

「我が身に宿りし光のマナよ」

詠唱が始まった途端、美奈の体から光が浮かび上がる。
それは彼女の身体の周りに等しく光の粒子が湧き上がっていく感じだった。
その様子はとても神秘的で、彼女の容姿や振る舞いとも相まって、さながら光の妖精を思わせた。

「我が魔力以て 地を駆ける光となりて 彼の者に大いなる祝福を」

やがて光の粒子は美奈の体を離れ、集まり、中空に揺蕩い、止まる。

「ライトニングギャロップ!」

「わはんっっ!?」

急に光の粒子が私の体に纏わりつき、結果変な声が出てしまった。ちょっと恥ずかしい……。
力ある言葉を受けた光の粒子は私の体に注がれていき、火照ったように熱を帯びる。
あ、決してえっちな意味じゃないわよ?
ウォーミングアップを終えたスポーツ選手のそれみたいな感じだからね?

「めぐみちゃん? どう……かな」

若干心配そうに眉根を寄せる美奈。

「……これが?」

私は自分の体に視線と意識を向けつつ呟いた。

「うん、成功したと思うんだけど。めぐみちゃん、少し走ってみてくれる?」

光輝く私の体を見て、まだ少し不安そうにしている美奈。
魔力を使って少し蒸気した美奈の表情が妙に艶っぽくて。ドキドキしちゃうのは私だけだろうか。

「こうかな?」

そんな下世話なことを思いつつ、美奈の言われるまま駆け出してみる。

「――っ!!?」

すると、どうだ。
ほんの数メートル先に進むだけのつもりが気がつくと数十メートル先まで来てしまっているではないか。

「――すごっ」

思わず感嘆の声を上げてしまう私。
そこで改めて思う。魔法ってのはこの世界の革新的なほんとにすごい発明だと。

「めぐみちゃんっ。ど、どうかな~!!?」

もうだいぶ離れてしまった美奈が叫んでいる。

「美奈っ! これすごいわっ!」

私も美奈と同じように叫びつつ、再び彼女の元へと戻ろうとした。
すると今度は先ほどよりもリアルに体に起こる現象わ感じられた。
体がまるで自分のものじゃないみたいだ。凄まじい反応速度で以て動いていく。
何とか2回目の動作は多少の制御が出来た。
原理も何となく理解出来た。
おそらくこれは身体の電気信号を活性化させる魔法なのだ。
脳で思ったことを身体が異常な速度で反応を示すような感じかな。
慣れればかなり素早く動けて敵を翻弄出来るかもしれない。
実際隼人くんやアリーシャには有効な補助魔法となるんじゃないだろうか。
それでも正直私には必要ないかもしれないなと思った。
実際ほとんどの場合、風で宙に浮いてで戦うし。
自分の足で動き回って戦うスタイルでない私には、無用の長物だと思ってしまうのだ。
もちろんその事は、今は美奈には言わないでおくけれど。