「う~~~んっ! 気持ちいい~!!」

柔らかな陽光が射す街の大通りを歩きながら、私は大きく一つ伸びをした。
昨日の戦いでかなりの重傷を負ったはずだったけれど、回復魔法の力というのはすごいものだ。
たった一晩でまるで何事もなかったように治ってしまっているのだから。
更に先程美奈と久しぶりのショッピングを楽しんだ私はご機嫌だった。
やっぱりストレス発散には買い物は持ってこいよね!
先の戦いでボロボロになった衣服を新調し、茶色のロングブーツとウエストポーチを腰に巻いた私はご機嫌だった。

「う~~~~んっ!!」

コツコツとかかとを鳴らしつつ、美奈の斜め前を歩きながらもう1つ私は伸びをした。
昨日の戦いから一夜明けて、街はそれなりに賑やかに人々が往来してる。
レッサーデーモンが暴れ回ったせいで所々壊れている箇所があったりもするけれど、被害はそう大きくはならなかったらしい。
すれ違う人達も皆元気そうだ。
周りの楽しそうにしている人たちの姿を見るだけで、私の昨日の頑張りが報われた気がして元気が出た。

「何だかこういうの、久しぶりだね」

ふと隣に並んだ美奈をちらと見やると、彼女も自然と顔が綻んでいた。
昨日私たちがボロボロにやられたせいで一時期はかなり落ち込んだ様子を見せていたけれど、少し持ち直してくれたみたいでホッとした。

「確かに、そうよね」

この異世界、グラン・ダルシに来て初めての経験。
親友同士、女同士のお買い物。
こんな時に不謹慎なのかもしれないけれど、ほんの少しだけ心が踊る。
いや、こんな時だからこそ目一杯今を楽しまなきゃいけないような気がする。
いつも気を張ってばかりじゃ身も心ももたなくなるし、陰鬱にしていても決して状況は好転しないのだ。
今この場にいないアイツの事を考えると気持ちが参ってしまいそうになるから。敢えてそういう事は今は考えないようにしている。
まだこうして自然に振る舞えているのだから。きっと私は大丈夫だ。
それよりも今は美奈のことを気づかってあげたい。
少し元気になったとはいえまだまだ無理をしている。
理由は分かる。
自分が戦う能力が乏しくて、足手まといになるのが嫌だとかそんなところなんだろう。
何とか元気づけてやりたかった。
こうしてせっかく二人きりになったのだ。
本音もバンバン言えるだろうし、何かアドバイスできることがあればできる限り協力するつもり。
別行動を取るのは危険だと隼人くんには反対されそうになったけれど、こういう時は女同士、二人きりでのんびり過ごすのがいいに決まってる。ま、そんなに時間は無いんだけどね。
そう思うとちょっと私の買い物に時間使いすぎたかな……。
美奈に付き合うはずが私に美奈を付き合わせるような形になってしまった気がする。
すぐに終わらせるつもりだったのだけれど、思いのほか長引いてしまったかも。
でもしょうがないよねっ!?
店員さんが私を見てスタイルがすごくいいだの、何着てもすごく似合うだのいちいち騒ぎ立ててきたんだし。
すっかり気分も良くなって、何着か試着してしまったり、買う予定ではなかったブーツやらウエストポーチやらも愛嬌といいますか。
なので少しだけ、ほんのちょぴっとだけ出費がかさんだのだけれど、ネストの村で魔石の相場を聞いていた私のお陰で、魔石屋で買い叩かれずに済んだのだ。
そのことを思えば、出費をしたものの、その分の対価を得ているのだからみんなも納得するに違いない。
プラスマイナスゼロ、むしろプラだ。うん、そうだ。

『……』

「シルフ、うるさいわよ」

『ボク、何も言ってないんだけど』

「……え? 何か言った?」

シルフとの会話を自分に向けられたものだと思ったらしく、美奈がこちらを向いた。
いかんいかん、つい精霊と会話する時に口に出てしまうのだ。

「あ、いや、何でもない! シルフが頭の中でうるさくってね! それよりも美奈。私の買い物に付き合ってもらっちゃってありがとね」

そんな私の言葉に美奈はふいと首を傾げた。
その仕草が小動物みたいで可愛らしいのだ。

「ううん。少し寄り道するくらい構わないよ? ただ……あんなに長居するとは思わなかったけど?」

そう言い彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
彼女の大きな瞳がスッと細められて、それもまたスッゴク可愛い。

「あはは……。ごめんってば」

「ふふ……。でも、こういうの、こっちに来て初めてだから、けっこう楽しいねっ」

ちょっぴりルーズな私の行動に、そんな風に言ってくれる美奈が私は好きだった。
いつも私が元気でいられるのもこの娘のお陰というところが大きい。

「そうよね! 何か懐かしいっていうか!」

「うん!」

お互い破顔しつつ、やっぱり思う。
美奈、ちょっと元気ないな。
私は彼女からいつも元気を貰っているのに、私は彼女に何もしてあげられていないのではないか。
そんな風に思ってしまう。
いつもそう。
彼女に何かしてあげたくても結局元気を貰うのは私。ダメだなあ、こんなんじゃ。
そこで私は大きく首を振る。
何急に弱気になってるんだろう。美奈を元気づけようって決めたのに、自分だけテンションが上がった事に落ち込むなんて、バカか私。
私は改めて気持ちを切り替えて、残りの時間は美奈のために使うと決めた。
隼人くんたちと別れてから感知の目は途絶えさせていない。
彼らの動向を探ってみると、まだ防具屋を出たところらしかった。
たぶんこの後道具屋に向かうのだと思うから、時間はあるはずだ。
それにその後は食事もするのだろうし、何だかんだでまだ一時間は大丈夫だろう。
ん? でもさ、あの二人ショッピングして、食事して……なんかデートっぽくないか?
……後でからかってやろ。
私は内心の決意を新たにしながら、美奈の前に立って後ろ向きに歩く。
美奈の顔を見つめていたら、彼女ははてと小首を傾げた。

「じゃあさっさと行きますか! 魔法屋」

「え!? 知ってたの!?」

美奈が驚き目を見開いた。
美奈の口からは皆に行きたい場所の具体的な場所は聞かされてはいなかった。
けれどそんなのすぐに分かる。
だって美奈って昔から隠し事が下手なんだもの。
私は大げさにため息を吐いた。

「いや……魔石屋に行く途中、魔法屋をあんなに見つめてたら普通気づくでしょうよ。それでなくても美奈ってば、昔から分りやすいんだから。特に、隼人くんのこととかさ」

「え、隼人くん!? ……あ……それは……だって」

隼人くんという言葉に肩をぴくんと震わせる美奈。
彼女は私の言葉を否定するでもなく、ただただ俯いて茹でダコのように顔を赤らめていく。
私はそんな彼女を見ながらふうとため息を付きつつ目を細める。
この娘、ホント隼人くんのこと好きすぎるわよね。あっちも大概だけど。

「はあ……ごちそうさま。ほらっ、早く行くわよ」

そう言い私は魔法屋を目指して足早に歩いていく。

「あっ、待って! めぐみちゃんっ!」

私の胸には若干の嫉妬みたいな気持ちがあった。
だって美奈ったら、あんなに私が話してもどことなく上の空で元気がなかったというのに。隼人くんの名前が出ただけで少しいつもの感じを取り戻しているんだもの。
私はもう一度心の中で大きなため息を溢しつつ、美奈を置いてけぼりにすることで清算することにしたのだった。