ようやく謹慎からも解放され、久しぶりにアリーシャは訓練場へと足を運んだ。
同期の訓練生からは以前にも増して一層白い目で見られ、一層蔑みの目で見られた。
だがここでアリーシャの行動は変化する。
その一人一人にアリーシャは謝罪して回ったのだ。
彼らに何を迷惑を掛けたでも無いが、一国の王女として、騎士としてそれが当然の行いのように思えたからだ。
謝罪する度に反応は様々だった。
更にここぞとばかり罵ってくる者もいれば、驚き慌てふためく者、無視する者、説教染みた言葉を言ってくる者など。
少数だがアリーシャのその行動に好感を示すものもいた。そんな者達はアリーシャの日々の研鑽を認めてくれており、そんな者もいたのかと改めて気づかされた。
皆の多種多様な反応に、アリーシャは少し興味深いなどという所感を抱いた。
人は自身も含め様々な者がいる。
そしてその全てが自身を煙たがったり憎ましく思うような者だけでは無いのだと。
アリーシャは剣を取り、いつものように剣の素振りを始めた。
一週間ぶりに握る剣は実に良かった。
剣を持つ手からじんわりと喜びが広がるような。
瞬間的に身体が打ち震えるのを実感し、一太刀振り抜いた瞬間何とも言えない想いが胸を締め付けた。
そこでやはり、アリーシャは自分には剣が合っているのだと改めて思うのだ。

「アリーシャ、元気そうね」

「――む」

振り向くとそこにはいつものように柔和な笑みを浮かべたライラが立っていた。
本当なら真っ先に会いに行くべき相手であったが、何を話せばいいのか分からず、結局今まで会いに行けなかったのだ。
ライラの左手には包帯が巻かれて吊るされていた。
それが自分のせいだと思うと余計に痛々しく見えた。

「散々だ。父上にはこっぴどく叱られ、母上には泣かれた」

そんな事を言いたかったわけではないが、口から出た言葉はそんなだった。
素振りをしつつそんな事を言うアリーシャにライラは苦笑する。

「自分の事で泣いてくれる親がいるということは幸せなことよ」

「……」

いつもならライラのそういった物言いには食って掛かっていたアリーシャであったが、今は沈黙していた。
それどころかアリーシャの胸には今や、ライラの言葉で温かな光が差し込むような心持ちさえするのだ。
ライラの言うことはいつも正しい。
今は不思議と素直にそう思えてしまう。
暫く素振りを続けながら呟くように言葉を発する。

「――ライラ……やはりその腕、簡単には治らないのか?」

「いえ、大丈夫よ。回復魔法もかけてもらったし。少し痕は残るかも知れないけれど、前と同じように剣を振れるようにはなるみたいだから、問題ないわ」

そこでアリーシャは改めて剣を振る手を止めた。

「ライラ、済まなかった。私のために」

アリーシャは腰を折ってライラに謝罪する。
アリーシャの手は、体は思っていた以上に震えていた。
そこで胸に去来する想いが申し訳無さではなく、恐怖なのだと気づいてアリーシャは泣きそうになる。
アリーシャにとってライラはもう自分の想像以上に大切な存在なのだ。
アリーシャは彼女の元で剣の高みを目指したいという気持ちを改めて強く自覚した。

「アリーシャ、顔を上げなさい」

顔を上げたアリーシャに一振りの剣が投げられた。

「……? 何だこれは?」

「あなたにプレゼントよ」

「……どうして」

「どうしてかしらね。何となく、とかそんな気分だったから、とか。そういうことにしといてもらえるかしら?」

ライラは微笑みそう言う。アリーシャは手にした剣を眺めた。
剣はアリーシャの意思に呼応するかのように輝きを放っている気がした。
柄の部分には魔石が嵌められている。
何かの特性があるのだろうか。

「この剣は属性変換の効力を持った剣。あなたの闇魔法をこの剣に込める時、この剣は魔族すらも斬れる光の剣になるわ」

アリーシャの疑問を見透かしたように言葉を添えるライラ。

「魔族も斬れる?」

「そう。この先予言にある通り、魔族が世に蔓延る時、この剣の力があなたを支えてくれるはずよ。いつか訪れる魔族との戦いにおいて、あなたはきっとこの国の希望となれるでしょう」

「そんな……まさか……」

ライラの顔を見るといつものように微笑んでいる。
闇魔法が使える事で、一国の姫として疎んじられる事はあっても、そのような力の使い道があるなどとは夢にも思わなかった。
同時にここまで自分の事を考えてくれていたライラに、尊敬と感謝の念が巻き起こるのだ。

「アリーシャ、強くなりなさい。あなたの大切なものを守れる程に。そしていつか――」

そこで一度言葉を切る。
彼女の瞳が一瞬憂いを帯びた気がした。

「?? ライラ?」

彼女はアリーシャに呼ばれ、首を振り、目を閉じる。
再び目を開くと同時に彼女のエメラルドグリーンの瞳が何よりも輝いて見えた。

「私を助けてちょうだいね?」

「――――」

何だかおどけているようにも思えたが、ライラの瞳の輝きを見ていると、それが本心なんだろう。
今は素直にそう思えたのだ。
だから彼女はライラとは裏腹に、真面目な面持ちで答えたのだ。

「……ああ。約束する。魔族からだって私がお前を守ってやる」

「フフ……、その意気よ」

アリーシャはライラと出逢い、少しずつ変わっていった。
この半年後、アリーシャは父に認められ、母の反対を押しきって王国の騎士団に入団する事になる。
大切なものを守れる騎士として、一国を担う姫として、アリーシャは急速な成長を見せ始めていったのだ。