「――何だよ、嬢ちゃん。随分と威勢がいいな」

ちらと椎名を一瞥し、ニヤリと笑みを作り彼女に応える店主。
その態度は明らかに椎名を舐めた風であった。
彼女は腕を組み、ずいと前に出てきては、自信に満ちた表情でピシャリと言い放った。

「ふざけないで。ていうかさ、これだけの魔石があって金貨10枚程度なワケないじゃない。金貨20枚は下らないはずよ」

それを聞いて一瞬店主の顔が怯んだ顔に変わる。
何故か椎名は魔石の相場の知識を持ち合わせているようだ。
そこでふとある事に思い至る。
これはもしかするとシルフの入れ知恵かもしれないと。
先ほど独り言をぶつぶつ言っていたのはそういう事ではないだろうか。
だが対する店主もそれだけでは引き下がらなかった。

「嬢ちゃん。最近何かと物騒でな~。魔石の入荷も日に日に増えていってるもんで、その値段だとこっちも赤字んなっちまうんだよ。だがな、嬢ちゃんの勢いに免じて今回は少し色を付けといてやる。金貨11枚だ。これ以上は負けらんねえ」

店主はつらつらと言葉を並べ立てるが、椎名は更にずずいと私達の前に出て来た。

「はあ!? 物騒なら入荷も出荷も増えるでしょうよ? そんなんで相場が変わる理由にはなんないわよっ!」

椎名は更に強い剣幕で捲し立てる。
こちらを完全に舐めきった態度の店主に対し、引き下がる気は毛頭無いようだ。なんとも頼もしい。
暫く店主と「ぐぬぬ……」と呟き睨み合う。
だがそれもほんの束の間。
椎名はすぐにいつものいたずらっぽい笑みを見せ、話し始めた。

「おじさんさ~。そんな態度でいいのかしら?」

「は? 一体なんだってんだよっ」

「ふふんっ、この娘が誰だか分かってないの?」

椎名は急にアリーシャを差してそう言った。
当のアリーシャは自分に話の矛先が向くとは思わなかったのだろう。目をしばたいて彼らを見つめる。
店主は後ろに控えるアリーシャを一瞥し、何の気は無しに呟く。

「は? 何だよいきなり。騎士様だろう? まあ女騎士ってのは珍しいが、まさかそれにかこつけて、ヒストリアの王女様だとかぬかしやがるつもりかよっ」

「あら、よく知ってるじゃない。そうよ?」

「し、シーナ!? ……いきなり何を言うのだ!?」

身元を明かされ戸惑いの表情を浮かべるアリーシャ。

「……はあ??」

そんなアリーシャを見て目を白黒させる店主。
しかしそんな事を言われて俄に信じられるはずも無い。
そもそも取り巻きの私達が普通の平民といった風なのだ。とてもではないが姫様ご一考という風には見えない。
せめて昨日の一部始終を知っているのならばその考えにすぐに至れるかもしれないが、この店主はそういったこともないようである。
彼は一瞬目を丸くした後豪快に笑った。

「ハーッハッハッ!! こいつぁおかしいぜ! その方がヒストリア王国の姫様だってぇ証拠はあるのかよっ!?」

高らかに笑う店主。
だがこれくらいで引き下がる椎名ではない。
彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら捲し立てる。

「そんなの見れば分かるでしょう!? この気品、美しさ、顔は見たことなくたって年齢くらいは知ってるでしょうよ。そしてアリーシャが持つ剣と鎧。それが何よりの証拠よ! それとっ! えと……アリーシャ、あと何かあったら出して」

勢い勇んだまではいいものの、最終的に確たる証拠が自分の中で今一確立出来ていなかったらしい。
最後は強引にアリーシャ任せになる。
そんな彼女を見てアリーシャはため息を一つ。

「はあ……全く。これでいいだろうか」

そう言いつつアリーシャもこの流れに観念したようで。
鎧の下から白いペンダントを取り出した。
ネックレスのようになっており首から下げていたようだ。
そこには水晶のような物が取り付けられた、簡素ではあるが如何にも高級そうなトップがぶら下がっている。
それを見た店主はたちまち顔色を変えた。

「――そ、それはっ……、白魔石!? ……まさか」

そこまで呟いて、店主はワナワナと震え出した。

「この期に及んで偽物だとか疑う気? それでもいいけどもし本物だったらどう責任取ってくれるんでしょうねえ?」

更に逃げ道を塞ぐように追い打ちを掛ける椎名。
まあ実際こちらは嘘偽りなど無いのだから強気になる気持ちは分かるが、それにしてもそんなに嬉しそうにしなくてもいいのではないだろうか。
ちらと後ろを見やると美奈は少し離れた所で苦笑いを浮かべている。

「……く……わ、分かったよ」

自分が劣勢と見たのかそれで渋々納得したようだ。

「え? 何? 聞こえないわよ? ちゃんと態度で示してくんないとさ……フフフ」

心底嬉しそうな顔をする椎名。
ここまで来ると若干店主が可哀想に思わなくも無い。
だが私達を見くびりぼったくり、椎名を相手取ったこの店主が悪いのだ。

「――く……」

「椎名、それくらいでいいだろう。店主、私達はこれからの旅に備えて路銀が欲しいのだ。もし私達の顔ぶれを見て足元を見たというのならそれを撤回してくれればそれでいい。どうだ?」

アリーシャは面倒事を嫌ったのか店主にそう告げるが、椎名はそうではなかった。

「アリーシャだめよっ! 国内の民の不手際を見過ごしたりしたら! ここは王女らしくきっちり罰を与えないと! おじさん、じゃあ相場の倍でお願いね!」

サラッと凄いことを言う椎名。だが店主もいよいよ観念したらしい。

「くそ……は、はい。わかりました」

最初の勢いはどこへやら、項垂れてあっさりと要求を受け入れる店主。
椎名とアリーシャのいい具合の飴と鞭が功を奏したのだろうか。
椎名はそれを見て腕を組んでしたり顔であった。
だが話はそれで終わらなかった。アリーシャは店主の申し出には首を振ったのだ。
アリーシャからすればこの店主も国の民の一人。
相場の倍などという金額を支払わせてしまえばこの男の生活が苦しくなる。
アリーシャはそんな事は全く望んではいないのだ。
結局私達も鬼ではない。
アリーシャにそう言われてしまえば引き下がるしかない。
という事で魔石の換金は紆余曲折あれど相場で支払ってもらうという事で収まった。
店主もそこまで悪い人ではなかったようで、最終的に迷惑料として一割増しにはさせてくれと言われたのでそれは受け取る事にした。
椎名はそれ以上何も言わなかったが、最後まで少し不貞腐れていたのは言うまでもない。