――ふと目を覚ました。
朧気な頭をもたげて身体を起こす。

「――――?」

ここは――一体どこだ?
突然の環境の変化に思考がついていかない。
夢を見ているのだろうか。
周りの景色が灰色で一色に染められた空間。遠くは靄が掛かったように何も見えなかった。
ここが室内のように狭いのか、はたまた何処までも果てが無いのか。そんな事も分からない。
音も無く、とても不思議なところだ。
私の記憶が確かならば、ピスタの街の宿屋で眠っていたはずなのだが。やっぱりこれは夢か。
だがこれを夢と呼ぶには感覚が余りにもリアルすぎるのだ。
――まさか――何者かの攻撃を受けている?
――魔族か?
そう思うと私の胸に言い様の無い焦燥が駆け巡ってきた。

「おいっ、誰かいないか!」

少し大きな声で叫んでみた。
声は反響することなくこの空間に溶け込んでいくようだ。
時間の感覚がない。
一体私はどのくらいここにいるのだろう。
まだ数分しか経っていないようにも感じるし、数時間経過しているようにも思えてしまう。
本当に変な感覚だ。

「――おい」

その時、不意に誰かが私に声を掛けた。
振り返ると、いつからそこにいたのだろうか。
私の目の前に一人の少女が立っていた。
年の頃は十歳位だろうか。腰まで伸びた艶やかな金色の髪を垂らし、白い布地のワンピースを着ている。
それだけ見れば普通の少女という印象であった。
だが一つ違和感がある。
彼女はその出で立ちに似つかわしくない一本のロングソードを腰に提げているのだ。
それに表情も子供のそれとは異なる。
まるで彼女の顔には言い様の無い憎悪や疑念といった、ある程度の人生の経験を積んだ者が出し得る感情を宿しているように見えるのだ。
それを目の当たりにして私の中に一つの答えが導き出される。
この者は恐らく――――。

「精霊――か?」

私の問いにぴくりと体が動いたのを見た。
その様子を見て私は確信する。
やはりこの少女が今まで私の中にいた精霊だ。
とするとここはもしかすると精神世界なのかもしれない。
ぱらぱらと私の中で思考が繋がっていく。
ということは、私はこの者の力に寄って精神世界に引き入れられたのということではないだろうか。

「――ウチはお前が嫌いじゃ」

少女の口からは突然私に対する否定の言葉が放たれた。
――そうか。
やはりシルフが言っていた通り、何らかの理由で私はこの精霊に嫌われているのだ。
彼女の印象。
一風変わった物言いではあるが、慎ましやかで、桜色の淡い唇から紡がれる言葉は、小鳥の囀りのようであると思わせた。
少女はとても可愛いらしいのだ。

「何故私を嫌うのだ。私は出来る事ならお前と仲良くなりたいと思っている」

友好的に接しようとそんな風に言ってみる。
だがそれは逆効果だったようだ。
少女が私を睨みつけてきたのだ。

「ウチはそんな事望んではおらんのじゃ」

否定の言葉。
だが引き下がりはしない。
彼女は言葉ほど私を嫌ってはいないのではと思ってしまったから。

「なら何故今、お前は私の前に現れたのだ? 私と馴れ合う気がないのなら放っておけばよかったものを」

突き放すつもりであれば精神世界に私を呼び込んだ意味が無い。
そもそもこのままでは私は帰る事すら出来ないのではないか。
私の問いに、少女は黙したまま俯いていた。

「精霊のとって魔族は倒すべき相手では無いのか? ならば共に戦おうではないか」

そう告げた矢先。初めて少女の身体から刺すような気が放たれた。殺気だ。

「お前がそれを言うなっ……!! 斬り伏せられたいのかっ!」

放たれた言葉と共に一陣の風が巻き起こり、強い圧が私を射抜く。
気づいたら数歩後ろに下がってしまっていた。
絞り出すような静かな怒りを伴った声色に充てられ、頬に冷たい汗が滴る。
私は一度ゴクリと生唾を飲み込んだ。
だが私も引き下がる訳にはいかない。
このままこの場所に一生とどまっていろとでも言うのか。

「何故だ? 私はこの世界に召喚され、巻き込まれたとはいえ、魔族を倒すべき相手だと思っている。それはお前も知っているのではないのか?」

相変わらず私を睨みつけてくる。
何故それ程までに私を憎むのか。全く理解出来ない。

「――うるさいっ。とにかくウチはお主に力を貸す気は無いのじゃ。精霊の力など当てにせず、自分の力で何とかしろ」

吐き捨てるようにそう言葉を放ち、闇に溶け込むように姿が消えていく。

「なっ!? 待ってくれっ!」

少女へと伸ばした手は虚しく空を切り、泡のように少女は消えてしまった。
それと同時に私の意識は再び遠ざかっていったのだった。