「でね、私がやられそうになった時に、精神世界に私とシルフが移動してきて助かったってワケ」

そこそこ大変な目に合ったというのに、自身の身に起きたことを話す椎名は少し嬉しそうだ。
新たな力を手に入れて、困難を自身の手で乗り越えて。
それは彼女に取って自信につながる出来事だったのかもしれない。

「――ふむ。それはわかるがなぜそのタイミングなのだ? もっと早くに力を貸してくれていれば、もう少し楽に戦えただろうに。それだとまるで、椎名のピンチを待っていたかのようではないか」

「言ってくれるね。こっちにだって理由があったんだよ。ボクがシーナに介入できなかった理由がね」

シルフは片目を閉じ、小さな指をピッとおっ立てた。
別に敵意があるわけではないのだろうが、若干言い方に棘があるように感じるのは気のせいだろうか。

「うん、何かよくよく聞いてみると私が覚醒したタイミングからシルフは私の中にいたらしいんだけど、私の中からは出ることが出来なかったみたいなのよね。どうやら私の精神で形づくられた檻のようなものに閉じ込められていたみたいなの」

その言葉に私はようやく合点がいった。

「ふむ……なるほど。ということは椎名がマインドを使い果たしたタイミングがシルフが外に出られたきっかけになった――という事か」

「すごいっ、ご名答! さすが隼人くんね! やっぱ物分かりがいいわ!」

嬉々として私に笑顔を向けてくる椎名。
その拍子に被っているシーツが少しはだけて彼女の白い肌が若干露出してしまっている事はこの場に於いては最早伏せておく。
と思いきや、すぐに美奈が椎名の元に移動しシーツを被せた。
それには構わず椎名は話を続けていく。

「私もあそこまで全力を出したのが今回初めてだったから。マインドを使い果たすなんて意図的にやらないじゃない?」

確かにいくら修行していても、いくらかの余力は残すものだ。
自分の体の中に精霊が閉じ込められており、マインドの枯渇によって出て来られるようになるなど、普通なら気づきようがない。
今回は本当に偶然が重なって得られた薄氷の勝利と言えるな。

「うむ。大体の事は分かった。で、得られた力とはどのようなものなのだ?」

「そうね。まあ簡単に言うと、魔族にも通用する風の能力を得たってことかな。シルフの力を直接引き出せるようになったことによって、今までは風を操るだけだった私の力が何倍にも膨れ上がった気がする。さらに以前よりも精密に、大きな力を使えるようになった。今の私なら、三級魔族にも引けは取らないはずよ」

確かに椎名は四級魔族を相手に余裕の戦いを見せた。
その予測はあながち間違ってはいないだろう。
これは大きな戦力はアップだ。
ただ三級魔族に引けは取らないかというのはただの希望的観測でしかない。
四級と三級の間に隔絶たる力の差があるかもしれないしな。
もしそうなら私達はやはり魔族の想像の範疇を越えていない事になる。
さすればこの先やはり私達が魔族に勝利出来る望みはかなり薄いだろう。
だからと言って逃げ出したり諦めたりする理由にはならないのだが。
そもそも工藤が奴らに拐われてしまったのだ。
この時点で私達が彼を助けるために魔族と戦うということは最早確定事項となっている。

「でさ? ここで提案なんだけど――」

「ふむ。そうだな」

椎名の言わんとすることは大体分かる。
私は彼女の顔を見て頷いて見せた。

「うん。隼人くんと美奈も私と同じようにすればいいと思うの。きっと二人の中にも精霊が宿ってると思うから」

「なるほど。そうすれば私達の戦力はかなりのものになるな。皆にどのような能力が宿るのかは想像もつかないが、三人のエレメンタラーがいるパーティーなど世界で唯一無二なのではないか」

ここでふと口を挟んだのはアリーシャだ。
彼女は随分と得心がいったようで、私と美奈を交互に見つつ、ふむふむと何度も頷いている。

「……」

しかし私はしばし沈黙してしまうのだ。
そんな私の表情を椎名が怪訝そうに見た。

「何よ隼人くん。何か問題でもあるわけ?」

「椎名、済まない。私には無理なようなのだ」

「……は? ……あ、そういうこと?」

「ああ、そういう事だ」

椎名はそれだけで私の考えを理解したようで、半ば諦めたような表情を作った。
私達二人を見て今度はアリーシャが怪訝な顔を作る。

「え……と。一体どういう事だ、ハヤト」

「私もあの戦いの時に、椎名と同じようにマインドが枯渇した状態になったのだ」

「あ、そっか……」

美奈もそれには納得したようであった。
確かに近くで私の戦いを目の当たりにしていた美奈が一番解りやすかったかもしれない。

「でもさ、じゃあもう隼人くんの中から精霊は出てきてるってことじゃない?」

椎名の疑問には私も同意見であった。

「ああ、恐らくな。私自身、あの戦いの中で、朦朧とする意識の中誰かの声を聞いた覚えがある。あの時はそれどころでもなく気にも止めなかったが、今思えばあの声は私の中にいた精霊だったのかもしれない」

「だったって……隼人くん? ――まさかっ……」

こういう時の椎名は本当に察しが良すぎる。
少しの言葉尻から様々な事を読み取ってしまうのだから。
私は彼女の視線を受けてこくりと頷いた。

「私は今、自身の能力が大きく消失している」