夜もだいぶ更けた。
今日、というかもう0の時を回っているので昨日か。
昨日の戦いを考えると明日に備えて再び休んだ方がいい。
だが如何せん色々な事が起こり過ぎ、ここらでしっかりと情報を把握しておきたいのだ。
疲れはある。休みたいのは山々だが、それはここにいる皆も承知しつつ、今はお互い話に集中している。
次は椎名の話だ。
昨日の戦いの中で起こった、不思議な事象。
彼女はその事について、疲れなど微塵も見せず、どちらかといえば半ば興奮気味に言葉を発していく。

「私が消える前の最後の攻撃。私はマインドの全てをつぎ込んで全力の一撃を放った。それは数体のレッサーデーモンを倒すにとどまった。狼の魔族も倒すつもりでやったんだけど、無理だった。腕一本はもらったけどさ、逆に返り討ちにあった。ボコボコに殴られて、さすがにあの時はダメかと思ったわよ」

「そう……だね。見ていてすごく辛かった。私、何も出来なくて……。めぐみちゃん、本当にごめん」

美奈は再びあの時の惨劇を思い出しているのだろう。
目を潤ませながら椎名の話に耳を傾けていた。
アリーシャは自分が気を失っていた時のことだ。何か思うところがあるのかもしれないが、今は黙って椎名の話を聞いていた。

「美奈は終わったことを気にしすぎないこと! 私は気にしてない! いいわね?」

美奈の発言を気にして椎名が怒ったように彼女を諭す。
最後に一つサムズアップを決めているくらいだから美奈を気づかっているのだろう。彼女は今回のことで相当参っているようだから。
どこかでもっとフォローも必要かもしれないとも思う。

「――うん。……ありがと、めぐみちゃん」

「ん」

椎名はサムズアップを決めたまま、にこりと笑顔で微笑んだ。
美奈が自身の行動を悔やみすぎないようにしようとするための行動。
彼女の胸の内の仄暗い靄がほんの少しだけ晴れた。
この辺は流石椎名だ。美奈のことを良く分かっている。
美奈が自分を責めてしまうだろう事は明白だ。
うじうじしたりはしないだろうがその性格上必要以上に責任を感じていると思われるのだ。
それをほんの少し軽減させてくれた。

「それでね? あの時、もうダメだと思った瞬間、私はその場から姿を消した」

「ああ、そうだった。それで椎名はあの魔族に消滅させられてしまったのかと思ったのだ。この世界では魔物や魔族も死の際に消滅する。そういうものなのかとも思ったな」

その呟きに椎名は首を振った。

「あの瞬間私は別の場所に移動した。精神世界にね」

「――精神世界」

この世界には今私達がいる現実世界と上級魔族が侵入出来るという精神世界というものがあるらしいのだ。
グリアモールが以前姿を現したり消えたりしていたのも二つの世界を行き来していたからと考えられる。
しかし人間には到底自力では侵入出来ない世界なのだと思っていたのだが。

「では椎名はその精神世界に入れる能力を得たということなのか?」

「ううん。それは無理。そこへはもう行けないと思う。契約の瞬間だけの特別な移動というか……要するにあの時一時的に私とシルフの繋がりが弱まって離れた拍子に精神世界に飛んだというか……」

「は? シルフ? 何だそれは?」

「――あ、ああ。そうだそうだ。それを言わなきゃね?」

口をついて出た私の疑問にはたと気づいたように目を見開き、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。
パチリと片目を閉じ、一呼吸置いて彼女は人差し指を顔の前で立てた。

「――精霊よ。私、風の精霊シルフと契約を結んだの」

「精霊!? そうか、君達はエレメンタラーだったのか!」

そこで弾かれたように声を発したのは今まで黙して話を聞いていたアリーシャだ。
彼女は精霊という単語に大きく反応を示しつつ、強く納得したような素振りを見せた。

「エレメンタラー?」

聞き慣れない呼び名、エレメンタラー。
話の流れから精霊使いというような意味だと察するが。
アリーシャは私の方をちらと見て、こくりと強く頷いた。

「ああ、今では最早使い手が殆ど確認されておらず、伝説のような話になってはいるがな。世の中には様々な精霊がいて、その精霊を使役し、精霊の力を使える者が存在する。その者達を私達はエレメンタラーと呼んでいる」

「使役って。召し使いみたいな言い方はやめてよ」

「「「!!!」」」

その瞬間、椎名の座るベッドの脇に小さな羽の生えた男の子のような生き物が現れたのだ。