その一方で、私の心は大きく揺れ動いていた。
実は先程から怒りと憎しみの感情が徐々に大きくなっていき収拾がつかなくなってきていた。
今正に、それがピークを迎えるのではないかと思える程膨れ上がっていたのだ。
これはグリアモールと戦った時の衝動に似ていた。
一体何だというのだ。私はどうしてしまったのか。
ただ言いようも無く気持ち悪くて吐き気を催しそうで。自分の感情が抑えきれないのだ。
心がどす黒い闇に塗り潰されていくような感覚を客観的に眺めているような感覚、とでも言えばいいだろうか。
勿論そんな自分自身に苦しんでもいる。
心の中で何人かの自分が葛藤しているような。そんな心持ちだ。
だがそんな心の乱れとは裏腹に、実際は表情や態度には一切出さず平然としている。
自身の体を別の誰かが操っているような。そんな気さえする。
そんな自分が恐ろしくて堪らない。

「――――っ」

遂には爆発的に負の感情が心の奥底から溢れ出てきた。
先の戦いで能力を使ったツケなのだろうか。
確かに限界以上に能力を使用したと言えばそうなのかもしれない。
またなのか?
このままでは……今回こそは黒い波動に呑み込まれ、自分は帰って来れないのではないか。
そんな恐怖の感情が胸の奥底からせり上がってくる。
そうしている間にもこの思考すらも呑み込まれて何も考えられなくなりそうだ。
このまま意識を失って、だが体は他の誰かが動かしていくのではないかというような。どうしようもない不安と焦燥でどうにかなってしまいそうだ。
もう、限界だ――――。
意識が――遠の――く――――。

「隼人くん!?」

「――――はあっ、……はあっ、……はあっ!」

椎名が突然私の名前を呼んだのだ。
それをきっかけに私は呪縛に解き放たれたように現実に戻ってきた。
その直後から息が荒ぶり、冷や汗が身体中から噴き出す。

「え!? ちょっとどうしたの!? 大丈夫!?」

名前を呼ばれたことで心の闇が霧散していくような感覚がして、楽になっていく。

「……だ……大丈夫そうだ……すまない……」

呼吸はすぐに正常に戻っていった。
顔を上げたら当たり前かもしれないが、皆私を見ていた。
どのくらいの時間だったのだろう。
ほんの二、三秒のことだったのかもしれない。
それが永遠に近しいような長い時間に感じられて。

「隼人くん? まだどこか調子が悪いんじゃ……無理してない?」

美奈に心配をかけてばかりだ。
本当に不甲斐ない。

「いや、別にもう回復はしている。もしかしたらまだ疲れは取れきっていないのかもしれないがな。だが本当にもう大丈夫だ」

それは本当だ。
先程までの苦しみは最早嘘のように回復していた。
寧ろ気分がいいくらいだった。
今はもう逆に、先程とは打って変わって心の負の感情を全て消去したような爽快感が心を満たしていたのだ。

「ねえ……ほんとに大丈夫? 無理とかしてたら私、本当にいやだよ?」

「大丈夫。もう何ともないのだ」

尚も心配そうな目を向ける美奈を制し、薄く微笑みを返す。

「……そう。ならいいけど」

渋々ながらもようやく美奈も納得してくれたようだ。
私はふうと短く息を吐くと、顔を上げ、椎名へと目を向ける。

「それより椎名、今度はお前の話を聞かせてくれ」

話を振ると、椎名はもう要らぬ心配は止めたようだ。笑顔を作って頷いた。

「うん、オッケー。じゃあ私の劇的な復活劇の話をしようじゃないのっ!」

気を取り直すように明るく振る舞ってくれる椎名。
椎名のこういう所が好きだ。
ムードメーカーというか。彼女の振る舞い一つで場の雰囲気が華やかになるのだ。
実際彼女は美人だし、アリーシャ程ではないにしろどことなく品がある。
ただ、能力を得た今となってはそれも多少の無理をしているのだと分かってしまい、そんな彼女の振る舞いを手放しで受け入れられるものではなくなってしまってはいるのだが。
少し話が逸れてしまった。
魔族との戦いの最中の椎名の話に戻そう。
椎名の身には、あの時一度姿を消し再び現れるという現象が起こった。
そしてその前と後で劇的な変化が訪れたのだ。
姿を消す前は四級魔族に苦戦し、正直かなり押され気味だった。
それがあっさりとそれらの魔族を一蹴してしまえる程の実力を得て戻ってきたのだ。
では一体その間に何があったのか。
それは実に興味深い出来事だ。
この後の私自身の行動にも関わってくると思える程に。