「ハヤト、シーナ、ミナ。私からもお願いする。ヒストリアを救うために、力を貸してほしい」

改まってアリーシャからも助力を願われる。
最早それを断る理由など、私達には何もなかった。

「ああ勿論だ。それに工藤とフィリアも救わねばならないのだからな」

何気なく、流れでそう告げただけだった。
だがそれが気の利かない言葉だったのだと気づく。
私の言葉を受けて再びアリーシャの顔色が変わったのだ。

「――そう言えば二人の姿が無いが、クドーとフィリアは一体どうしたというのだ!?」

アリーシャの慌てた姿を見て、今更ながらに肝心な事を告げていない事に気づかされたのだ。
私達三人は暫し顔を見合わせ逡巡する。
だが隠していてもしょうがないことだ。私は早々と結論を告げる事にしたのだ。

「アリーシャ、驚くかもしれないが言っておく」

「……?」

「これは予想の範囲でしかないのだが、二人共魔族に拐われた可能性が高い」

「……そんな……拐……われた?」

「ええ。ライラが言ってたのよ。5日待ってやるから人質を助けにヒストリアに来いってね」

腕を組みつつ答える椎名の補足を受け、アリーシャの顔が苦渋に歪む。
どちらかと言えばこちらの情報の方が堪えたようだ。
アリーシャは悔しそうに俯き拳を握りしめる。

「くっ、そんな……フィリアまで……。どうしてだ」

フィリアはアリーシャにとって、ただの侍女という存在なだけではない。
子供の頃から友人として共に育った幼なじみのような存在だと聞いていた。
それを人質に取られ、そんな挙動になってしまうのも無理はない。
工藤を奪われた私達だから、今の彼女の気持ちが痛い程解ってしまう。
結果的に三人は黙してアリーシャを見つめる事しか出来なかった。
魔族は私達とアリーシャにとって、大切な存在を奪った。
私達が確実に自分達を追ってくるよう仕向けるために。
何とも回りくどく、だが巧妙で、確実な手口だ。
だが不意に私の中にある疑問が浮かぶ。
そこまでして何故私達に固執するのかという事だ。
ただ私達が苦しむのを見て楽しんでいるだけとは到底思えない。
予言にある勇者だからとしても魔族がそこまで敵対するヒストリアの予言を鵜呑みにするとは思えない。
何か他に理由があるというのだろうか。
私達が知り得ない予言に隠された真実が。
どちらにせよ私達にとって魔族の存在が忌むべきで、不快な存在である事に変わりはない。
奴等の事を考えていると怒りで頭の中が支配されそうになる。
それを無駄だと理解し、自身を必死で律し、制御し、抑え込もうとする。
こんな劣悪な環境の中に身を置いて、ともすれば気でも触れてしまいそうであった。
私は自身の闇を振り払うように首を振り、アリーシャに向き直った。

「アリーシャ、今はとにかく前へと進むしかない。悔やんでも、現状何も変わりはしない。目の前にどんな壁が立ち塞がろうとも絶対に乗り越えていくのだ。私達四人で力を合わせてな。そうではないか?」

私自身そう言いつつも、その問い掛けには自分自身に向けている部分も多々あるのだ。
そんな言葉を口にしながら、自身の行動指針を咀嚼していく。
だからだろうか。
アリーシャも同じように怒りや悲しみといった負の感情で満たされそうになる心を精一杯律しているのが解ったのだ。
少しの間を置いて、アリーシャは大きくため息をついた。
心を落ち着けるように長めに息を吐き出す。

「……ふう、その通りだな。済まないハヤト、そしてありがとう」

アリーシャは私の一言で完全に気を取り直してくれたようだ。
流石騎士と思えるような見事な反応だった。本当にこの心の強さには感心させられる。
それはともすれば危うくもあるのかもしれないが――。