仲間の安否確認。
その辺の事情は意識を失っていた私達より美奈が一番詳しい筈だ。
彼女は私と椎名の視線を受けて頷いた。

「うん。私ね、皆が気を失っている間にせめて自分が出来ることをやろうと思って、フィリアさんと別れた場所に戻ってみたの。後、工藤くんのことを見た人がいないか街の人にも聞いて回ったんだ」

「「――――っ」」

私と椎名の肩がぴくりと揺れた。
どうやら私達が気を失っている間に、美奈は随分と一人で頑張ってくれていたようだ。
一人での行動は危険とも言える。だが今はその事については言及しない。
彼女の気持ちを考えればそうせずにはいられなかったのだろうから。
彼女の胸の中に言い様のない不安が渦巻いているであろうことは一目瞭然だ。
結果として今無事である事に変わりは無いのだし、いちいち物申していたら話が進まなくなってしまう。

「それで?」

椎名がこくりと喉を鳴らす。彼女が先を促すと美奈は少し伏し目がちになった。

「……フィリアさんはいなかった。更にインソムニアで手に入れた魔石も持っていかれてて、馬車だけが残っていたの。……多分連れ去られたんだと思う。工藤くんのことも街である程度聞いて回ったけど、目撃者は誰もいなかった。少なくともこの街には来ていないんだと思う」

そう言って美奈は再び顔を曇らせてしまう。
俯いて膝の上に置いた拳を強く握り締めている。
自分の無力さを悔いている、といったような気持ちだろうか。

「そう、やっぱりうまく嵌められたみたいね。結局今回の敵の目的は二つ。私たちをうまく分散して人質を取ること。そして私たちを更に強くすること。」

「強く……する?」

美奈は椎名の話を聞いて不思議そうな顔をした。
確かに普通に考えれば何故わざわざ敵に塩を送るような事をするのかと思うだろう。
だが私も椎名の意見には同意であった。

「美奈。魔族というものは人間達を利用して楽しんでいるのだ。特に予言の勇者である私達に対しては自分達のいい遊び相手くらいに思っているのだろう。だからいつも私達が越えられるか越えられないか、ギリギリくらいの障害を用意してくるのだ」

自分で言っていて情けなくならなくも無いが、それは恐らく事実だろう。
でなければ私達などとっくに殺されている。
それだけの強さと余裕を魔族達からは感じるのだ。
奴らにとっては日々成長する私達が、遊び相手として丁度いいのだろう。
その過程で私達が倒されればそれはそれでしょうがない、ぐらいに考えているに違いない。
改めて実感した。これは魔族にとってはただの娯楽だ。
そして面倒なことに、私達が必ずヒストリアへ赴くように人質まで取っているときた。
何ともご大層なことである。
一体こんな事がどこまで続くのか。終わりは来るのか。
旅の終わり。
それがあるとすればそれは魔王を討ち滅した時なのだろう。
本当に、気の遠くなる話だ。

「ねえ、魔族は何でこんな酷いことするの? 魔族って何なの?」

美奈の顔が哀しみに歪む。
無理もない。助かったとはいえ、皆相当ボロボロになった。
薄氷の勝利と言っても過言ではない。
それ程までにギリギリの戦いだったのだ。

「魔族……か。全く解り合えそうにはないわよね。まあそれでもさ、あいつらが散々私たちをいじめてくれたお陰で、また新しい力を手に入れられたんだから、その点には素直に感謝するわ」

椎名は腕を頭の後ろで組んで天井を見上げている。
ベッドにもたれ掛かりながらそんな事を呟く彼女からは、別段魔族に対する恐怖というものは感じられないように思える。
本当に、すごい奴だ。
椎名がいなければとっくに詰んでいた。
彼女の活躍には素直に賞賛の気持ちが湧いてくるのだ。
それはさておき――。
椎名、いい加減上着着ろよ。
彼女のあっけらかんとして無防備すぎる所作にはいつも呆れさせられるのだ。
ちらと目が合う。彼女は何も知らず、目をぱちくりとさせている。
こうなったら彼女の柔肌を見続けてやろうか。
そんな邪ないたずら心が芽生えてしまう。男の性というやつだ。

「隼人くん? 今何考えてる?」

「……何も……」

突然の美奈のやけにはっきりとした声音に私は心底びくつきながら冷や汗を流すのだ。
美奈。そういうところは本当に心臓に悪いからやめてほしい。

「さ、さて――。ではこの先の事についてだが」

私は何食わぬ顔で咳払いを一つ。
話題を変える事でこの場をさらりとすり抜けることにする。

「うん、そーね。とは言っても工藤くんとフィリアを助けるためにヒストリアへ乗り込むってだけだと思うんだけど、それでいい?」

「ああ。そうだな。時間も無いだろう、明日の昼までには経ちたいがそれで構わないか?」

「うん……私もそれでいいよ」

「もちろん。早いに越したことはないもんね」

この辺りの事はトントン拍子に話が進んでいく。
美奈は少し考えてから同意し、椎名は二つ返事で同意した。
まあ友人である工藤の一大事に駆けつけないという選択肢は無いのだから当然と言えば当然だ。

「よし、では今日は休んで明日の朝、装備を整え昼前には発つ、というのでどうだろうか」

ここからヒストリアへは馬車で更に三日程掛かる。
人質の安否も心配であるし、出来る事なら今すぐにでも経ちたい気持ちもあるが、流石に心身共にボロボロの状態だ。
こんな状態で挑んでもあっさり返り討ちの合うのは目に見えている。
せめて一日、今日だけは休息を取りたい。
美奈も椎名もそれには同意見のようで、二人共にこくりと頷いた。

「あの、それで。一個提案があるんだけど」

椎名が手を上げたので二人の視線が彼女に集まる。
頼むから椎名、服を着てくれ。

「何だ?」

「えっと……ヒストリア王国なんだけど、私たち三人で行かない?」

「アリーシャは置いていくと言うのか?」

「うん。さすがにキツいかなって思って」

「そう……なの?」

美奈の問いに椎名は黙って頷く。
同時に椎名が私の背中の後ろの方で眠るアリーシャをちらと見た。

「……大体察しはつくが、一応理由を聞いておこう」

「今回のヒストリア王国の一件なんだけど、私たちが思ってる以上に魔族の手が入り込んでると思うの。昼間も言ったけど、私が会ったライラっていう魔族。アリーシャの剣の師匠で騎士団の副団長らしいのよ。それにさ、初めてアリーシャに会った時も御者が魔族だったじゃない? こんなに魔族が簡単に紛れ込めてしまえるってことは、最悪……ううん、ほぼ間違いないわ」

椎名の発言に美奈は未だ小首を傾げているが、言いたいことは良く分かる。

「そうだな。私も椎名と同意見だ。おそらくヒストリアはもう、魔族に完全に支配されてしまっている」

「――だよね」

それはアリーシャの身内が無事ではない。
ともすれば最早いつからかすげ変わっているかもしれない可能性すらあるのだ。
その事実をアリーシャが知った時、まともに戦えるだろうか。
いや、そもそもアリーシャの心は壊れてしまうのではないか。
そんな思考が頭に過る。
私は重い首をもたげ、それからゆっくりと顔を上げた。

「うむ……そうだな……アリーシャには悪いが――」
「待ってくれ。私は君達について行くぞ」

「――アリーシャ!」

その時私の肯定の言葉を掻き消すように、目を覚ましたアリーシャの声が静かな室内に響いたのだ。