「――――なっ! ……美奈!」

名前を呼ばれていることに気づいて目の焦点が合う。
気が付くと私の顔の数十センチくらいの所に、めぐみちゃんの顔があった。
私と目が合ったことで安堵の表情を浮かべるめぐみちゃん。

「もう! びっくりするじゃないっ! 起きたら美奈が一点を見つめてボーッとしてるんだもん! 気でも狂ったかと思っちゃったわよ!」

「めぐみちゃん……。え? ……私、寝てた?」

「……疲れてるの? 呼んでも一向に反応なかったし」

私も色々あって疲れていたので、いつの間にか眠ってしまっていたのかなと思った。
というか目を開けて寝ていたとか恥ずかしいにも程がある。
それを思うと急に恥ずかしさが込み上げてきた。
顔が熱を帯びて、「ふひゅう」とか変な声が漏れた。

「そっか……ご、ごめんね? 私は大丈夫」

疲れたなんて、とてもじゃないけど言えない。
めぐみちゃん達は死ぬかもしれないような大変な目に合ったばかり。
私は色々な気持ちを紛らわしながら、腰に着けた懐中時計を確認してみた。
するともう夜の12の時になろうかというところだった。
内心すごく驚いた。
眠ってしまう前に時間を確認したわけではないけれど、日が暮れてそこまで時間は経っていなかったと思うから、数時間くらいだろうか。

「ねえ美奈、あなたそんな時計持ってたっけ?」

「え? うん。持ってたよ?」

めぐみちゃんが不意に私の時計を見てそんなことを言ってきた。
この時計は村で過ごしていた時に村の人から頂いたものだ。
誰からもらったのかは、はっきりとは思い出せないけれど、確か村のおじいさんだったと思う。

「そんな事よりめぐみちゃん! もう大丈夫なの!?」

何だか呑気に雑談に花を咲かせてしまっていた。
めぐみちゃんがあまりにも普段通り過ぎて。いや、というか何だか少し呆けてしまっているのかもしれない。それか寝ぼけているのか。
私は慌てるようにめぐみちゃんに取りついた。
ぺたぺたと顔や体をまさぐって異常か無いかを確認する。
といってもそんなことでめぐみちゃんの身体の異常を見つけられたりするわけではないのだけれど、それでもこうして彼女の体温や温もりを感じられることが嬉しかった。

「ちょっと美奈! くすぐったいってば! こーいう百合な展開はいいからっ!」

めぐみちゃんはよく分からないことを言いながら、そんな私の手を掴みゆっくりと振り払う。
恥ずかしいのかほんのり頬が赤い。それから一つ、こほんと軽い咳払いを入れつつ私から目を逸らすのだ。
めぐみちゃんのそういう所はすごくかわいいと思う。

「あー、うん。もう万全って感じよ。相変わらず回復力半端ないわ、私」

そう言いながらぐるぐると腕を回してみせて、にこやかに笑う。
そんな彼女の姿に、不意に胸に熱いものが込み上げてきて、そこからはもうダメだった。
ぽろぽろと止めどなく涙が溢れてきて拭っても湧き水のように、止められなかった。

「ちょっ!? いきなり泣かないでよ美奈!」

「だって……あの時死んじゃったかと思ったから……」

狼の魔族に殴られて、姿が忽然と消えて。あの時は本当に消滅してしまったのかと思った。
けれど結局少しの後再び姿を現し、凄まじい力で魔族を一掃してしまった。

「……そう言えば、結局あの時のことは何だったの?」

私はふとそんな疑問を口にした。
めぐみちゃんが助かった今、改めて思えばあれは本当に不思議な出来事だった。
彼女はそんな私を見て、微笑んでくれた。

「あーそれね。後で説明するわ。とりあえず皆を起こしましょ」

そう言いめぐみちゃんは未だ眠り続けている隼人くんの方へと向かう。

「え? 安静にしてた方がいいって治療してくれた人が言ってたよ?」

「大丈夫よ。そういう時って大体大袈裟に言うもんなんだから」

私が引き止めるのも聞かず、ずいずいと隼人くんの所に行き、眠っている彼の肩をトントンと叩いた。

「ちょっと隼人くん! そろそろ起きて!」

「――ぐっ!? な、何だ!? ぐはっ!? 何をする椎名!? やめろ!」

「……」

トントンというよりバシバシと形容した方が正しかったかもしれない。
今まで穏やかに寝息を立てていた隼人くんは跳ねるように飛び起きた。
起きてからも二、三度彼の頭を叩いたものだから隼人くんは途端に頭を抱えてうずくまった。
めぐみちゃん完全にわざとだ。
私はしばし言葉を失う。
まあそれが彼女らしいと言えばそうなんだけど、何だか他の女の子にバシバシ叩かれてうずくまる彼氏の図を見せられるこっちの気持ちはちょっと複雑だった。

「あら? 大丈夫?」

「お前は……もう少し起こし方というものがあるだろう」

「え、何? キスでもしてほしかった?」

「なっ!? ――――あ、あほっ!」

「あほとは何よ! 隼人くんのクセに悪口がダイレクト過ぎるわよっ!」

「で、ではどう言ってほしかったのだっ!」

「え? そうね……椎名ってば、いつもお茶目なやつだなあ。まあそこが可愛いのだが、次からはもう少し優しく起こしてくれよ? とか?」

「……やはりあほだな」

「何よ! あほって言ったほうがあほなんですぅ~」

「……子供か」

私は二人の馬鹿らしいやり取りを見て、笑うつもりがそうならなかった。
ほんの少しだけ笑んだ口元は、自分の意思とは違う方向に歪み、途端に視界がぼやけた。
頬を温かい雫が伝って、それが嫌で乱暴に目元を拭う。声を出したら嗚咽になってしまいそうで。しばらく声を殺していた。
何だか今は本当にダメだ。
二人がそんな私の挙動に気づいて、楽しそうにしていたのに、今はもう罰が悪そうにしている。

「……ほら。隼人くんのあほ」

「私のっ!? ……せいか。すまない、美奈」

「ち、違うのっ。私、安心したら何だか涙もろくなっちゃって……いやだ……こんな……つもりじゃ……」

泣いている場合じゃない。まだまだこの先やるべき事は山積みなんだから。
涙を止めようとするけれど、そう思えば思うほどダメだった。
隼人くんが近づいてきて私の肩にそっと手を置いた。次いでめぐみちゃんの手ももう片方の肩に乗せられた

「美奈、私達はもう大丈夫なのだ。心配をかけたな」

「ここまで一人で運んでくれたんでしょ? ありがとね、美奈」

「――っ!!」

二人の優しい笑顔を見たらもうダメだ。こんなの反則だ。
私たちはそのまま肩を組むようにして抱き合った。
声に出そうとしても声にならない。
私はそのままコクコクと何度も頷いた。二人が無事なことがこんなにも尊いことなんだって改めて思いしる。
溢れ続ける涙を吹くことはもう諦めて、私は一度泣けるだけ泣くことに決めたのだ。