「始めっ!」
ベルクートからの試合開始の合図。それと同時にアリーシャは動いた。
相手は年齢も実績も格上の相手。
様子見していて中途半端なやられ方をするくらいなら寧ろ最初から全力の一撃を放つ。
力の差を計るにもこれが最善の選択。
運良く先制の一撃が決まれば尚良しだ。
「はあっ!!」
自身の最高速度で一気に間合いを詰める。列泊の気合いと共に下から掬い上げるように放つ鋭い斬撃。
「――へえ……」
この挙動にライラは感嘆の声を漏らした。
だが木刀がライラへと届くことはなかった。
彼女の姿は陽炎のようにゆらりと消え、アリーシャの剣閃は空を切ったのだ。
「……っ!」
剣を振り抜く最中、アリーシャは自身の左後ろに気配を感じた。
その気配を察し、斜め前へと飛んで身を捻る。何の迷いも躊躇もない動きだ。
そこをライラの剣が横薙ぎに通過する。
少しでもアリーシャに逡巡が生まれていれば、あっさりと決着は着いていただろう。
それ程紙一重の動作だった。だがアリーシャはライラの初撃をきっちりと避わしきったのである。
「流石ね」
更に追撃の太刀を浴びるライラ。その剣閃はアリーシャの予想を越えて鋭く速い。
だがそれでもアリーシャはそれを何とか弾き、一旦距離を取ろうとする。
だがその力を殺し切れず、アリーシャの剣は上へと持ち上げられてしまったのだ。
「くっ……」
体勢を崩されたアリーシャは側転やバク転を駆使して横や斜めへと動いた。
隙のない動きだ。
ライラはそれには追い縋る事はしなかった。
「ふふ……流石にこのくらいでは一本取れないのね?」
嬉しそうに笑うライラはどこまでも余裕の表情を崩さない。
実際彼女はかなりの余裕を持って戦っている。
それに引き換えアリーシャは序盤から劣勢を強いられていた。
それどころか数回の邂逅で力でも技でも後れを取っている事を悟らされてしまった。
だがアリーシャは気に食わない。ライラの全てが。
負けたくないという気持ちが胸の奥から湧き上がり、ライラを絶対に倒すべき相手と認識した。
「……」
その瞬間アリーシャを取り巻く空気の濃度が変わる。
「おいライラ! あんまり舐めてかかると痛い目を見るのはお前の方になるぞ!?」
「ふふ……大丈夫ですよ。舐めてなどいません」
思わずベルクートがライラに声を掛けるが、ライラから漂う雰囲気は変わらない。
浮かぶ微笑がどこまで本気なのか分からなくさせた。
その態度が気に食わないアリーシャ。
彼女はライラのそんな様子にすっかり激昂した。
「――いいだろう。……後悔させてやるっ!」
アリーシャはそう言うとより一層真剣な顔つきになり、自身の内に意識を集中し始めた。
『我が身から創造されし闇のマナよ』
「魔法? ……ふふふ……面白いわね?」
尚も嬉しそうに笑うライラ。
アリーシャは幼い頃から自身に闇魔法の適正がある事は分かっていた。
闇魔法の適正がある者は闇の者として他者に卑下される。
特にこのヒストリアという正義の心を重んじる騎士の国ではそれが顕著であったのだ。
普段は闇魔法の使用を進んでは行わないアリーシャであったが、尊敬するベルクートが連れてきたこのライラという人物に絶対に負けたくないという強い思いがそうさせたのだ。
ちなみに兄のアストリアは光魔法の適正を持つ。
王家の血筋でありながら双子の兄に剣の才能でも及ばず、魔法適正は光と闇。劣等感に苛まれながらもここまで自身を律し、剣の道を歩き続けていけたのもベルクートの助けあっての事だった。
彼がアリーシャの才能を腐らせる事無くここまで指導し、時に厳しく、時に優しく彼女を導いたのだ。
彼女にとってベルクートとは誰よりも尊敬できる相手。彼にまで見放されてしまっては自分は惨めではないか。
そんな想いがまだ子供であるアリーシャの胸には俄に渦巻いていた。
ベルクートの近くを肩を並べて歩くなど、許さない。
ライラに対する嫉妬心がこの戦いの中でも育っていく。
『我が手に集いて彼の者を黒に染めよ』
ライラは詠唱が完成しても動じる様子はなかった。
それどころか詠唱の邪魔すらせず傍観している。
それがまた、酷く腹立たしい。
『ダーク』
力ある言葉が放たれ、詠唱者にしか見えない闇の靄がライラに向けて飛んでいく。
この魔法を受けた者は、心を闇に覆われ、ちょっとした恐慌状態に陥ってしまうのだ。
とてもではないが、まともに剣など振れなくなるだろう。
更に避けようと思ってもこれは人の精神に直接作用する魔法。
なので効果そのものは地味だが、魔法を受けずにいる事は難しいのだ。
アリーシャは魔法を受けた隙をついてライラに一太刀入れる算段であった。
「終わりだ!」
ライラに闇魔法が取り付いたのを確認して、アリーシャはライラに向けて木刀を振りかぶる。
「がっ……!?」
だが結果的に一本入れられてしまったのはアリーシャの方であった。
腹部に入れられた木刀の一太刀で、アリーシャは顔を歪め、うずくまる。
「残念だったわね? アリーシャ」
「く……何故だ……」
涼しい顔で片目を瞑り微笑むライラ。
アリーシャは腹を抑えながら、ライラの胆力に内心驚嘆した。
まさか初歩の魔法とはいえ闇魔法に耐え得る程の精神力を持っているとは。
「魔法に逃げるのではなく、最初から剣だけで戦っていた方がまだ勝機があったかもね。楽しかったわ」
「そこまでっ!」
ベルクートの試合終了の合図が虚しく響きわたる。
アリーシャは痛む腹を押さえ俯いた。
完全に、敗北を喫してしまった。
ベルクートからの試合開始の合図。それと同時にアリーシャは動いた。
相手は年齢も実績も格上の相手。
様子見していて中途半端なやられ方をするくらいなら寧ろ最初から全力の一撃を放つ。
力の差を計るにもこれが最善の選択。
運良く先制の一撃が決まれば尚良しだ。
「はあっ!!」
自身の最高速度で一気に間合いを詰める。列泊の気合いと共に下から掬い上げるように放つ鋭い斬撃。
「――へえ……」
この挙動にライラは感嘆の声を漏らした。
だが木刀がライラへと届くことはなかった。
彼女の姿は陽炎のようにゆらりと消え、アリーシャの剣閃は空を切ったのだ。
「……っ!」
剣を振り抜く最中、アリーシャは自身の左後ろに気配を感じた。
その気配を察し、斜め前へと飛んで身を捻る。何の迷いも躊躇もない動きだ。
そこをライラの剣が横薙ぎに通過する。
少しでもアリーシャに逡巡が生まれていれば、あっさりと決着は着いていただろう。
それ程紙一重の動作だった。だがアリーシャはライラの初撃をきっちりと避わしきったのである。
「流石ね」
更に追撃の太刀を浴びるライラ。その剣閃はアリーシャの予想を越えて鋭く速い。
だがそれでもアリーシャはそれを何とか弾き、一旦距離を取ろうとする。
だがその力を殺し切れず、アリーシャの剣は上へと持ち上げられてしまったのだ。
「くっ……」
体勢を崩されたアリーシャは側転やバク転を駆使して横や斜めへと動いた。
隙のない動きだ。
ライラはそれには追い縋る事はしなかった。
「ふふ……流石にこのくらいでは一本取れないのね?」
嬉しそうに笑うライラはどこまでも余裕の表情を崩さない。
実際彼女はかなりの余裕を持って戦っている。
それに引き換えアリーシャは序盤から劣勢を強いられていた。
それどころか数回の邂逅で力でも技でも後れを取っている事を悟らされてしまった。
だがアリーシャは気に食わない。ライラの全てが。
負けたくないという気持ちが胸の奥から湧き上がり、ライラを絶対に倒すべき相手と認識した。
「……」
その瞬間アリーシャを取り巻く空気の濃度が変わる。
「おいライラ! あんまり舐めてかかると痛い目を見るのはお前の方になるぞ!?」
「ふふ……大丈夫ですよ。舐めてなどいません」
思わずベルクートがライラに声を掛けるが、ライラから漂う雰囲気は変わらない。
浮かぶ微笑がどこまで本気なのか分からなくさせた。
その態度が気に食わないアリーシャ。
彼女はライラのそんな様子にすっかり激昂した。
「――いいだろう。……後悔させてやるっ!」
アリーシャはそう言うとより一層真剣な顔つきになり、自身の内に意識を集中し始めた。
『我が身から創造されし闇のマナよ』
「魔法? ……ふふふ……面白いわね?」
尚も嬉しそうに笑うライラ。
アリーシャは幼い頃から自身に闇魔法の適正がある事は分かっていた。
闇魔法の適正がある者は闇の者として他者に卑下される。
特にこのヒストリアという正義の心を重んじる騎士の国ではそれが顕著であったのだ。
普段は闇魔法の使用を進んでは行わないアリーシャであったが、尊敬するベルクートが連れてきたこのライラという人物に絶対に負けたくないという強い思いがそうさせたのだ。
ちなみに兄のアストリアは光魔法の適正を持つ。
王家の血筋でありながら双子の兄に剣の才能でも及ばず、魔法適正は光と闇。劣等感に苛まれながらもここまで自身を律し、剣の道を歩き続けていけたのもベルクートの助けあっての事だった。
彼がアリーシャの才能を腐らせる事無くここまで指導し、時に厳しく、時に優しく彼女を導いたのだ。
彼女にとってベルクートとは誰よりも尊敬できる相手。彼にまで見放されてしまっては自分は惨めではないか。
そんな想いがまだ子供であるアリーシャの胸には俄に渦巻いていた。
ベルクートの近くを肩を並べて歩くなど、許さない。
ライラに対する嫉妬心がこの戦いの中でも育っていく。
『我が手に集いて彼の者を黒に染めよ』
ライラは詠唱が完成しても動じる様子はなかった。
それどころか詠唱の邪魔すらせず傍観している。
それがまた、酷く腹立たしい。
『ダーク』
力ある言葉が放たれ、詠唱者にしか見えない闇の靄がライラに向けて飛んでいく。
この魔法を受けた者は、心を闇に覆われ、ちょっとした恐慌状態に陥ってしまうのだ。
とてもではないが、まともに剣など振れなくなるだろう。
更に避けようと思ってもこれは人の精神に直接作用する魔法。
なので効果そのものは地味だが、魔法を受けずにいる事は難しいのだ。
アリーシャは魔法を受けた隙をついてライラに一太刀入れる算段であった。
「終わりだ!」
ライラに闇魔法が取り付いたのを確認して、アリーシャはライラに向けて木刀を振りかぶる。
「がっ……!?」
だが結果的に一本入れられてしまったのはアリーシャの方であった。
腹部に入れられた木刀の一太刀で、アリーシャは顔を歪め、うずくまる。
「残念だったわね? アリーシャ」
「く……何故だ……」
涼しい顔で片目を瞑り微笑むライラ。
アリーシャは腹を抑えながら、ライラの胆力に内心驚嘆した。
まさか初歩の魔法とはいえ闇魔法に耐え得る程の精神力を持っているとは。
「魔法に逃げるのではなく、最初から剣だけで戦っていた方がまだ勝機があったかもね。楽しかったわ」
「そこまでっ!」
ベルクートの試合終了の合図が虚しく響きわたる。
アリーシャは痛む腹を押さえ俯いた。
完全に、敗北を喫してしまった。