「おうアリーシャ! 今日もやってるな! そういえばお前、また騎士団の訓練生どもを張り倒したらしいじゃねえか!」

「……フン」

今日もヒストリアの訓練場にて剣を振るうアリーシャ。
彼女に声を掛ける騎士団長のベルクートの声は何やら嬉しそうであった。
それとは裏腹にアリーシャは素っ気無い素振りで剣を振り続けている。
ベルクートの方は見向きもしないのだ。
アリーシャが十三歳の頃であった。
彼女は幼い頃から女であるにも関わらず、秀でた剣の才を見せていた。
同い年の中では相手になる者はほとんどいない。
その実力は天才と呼称するに充分な程であったが周りからそう思われない理由があった。
双子の兄アストリアの存在だ。
アストリアもまた剣に対し、天賦の才を持っていた。
それは天才であるアリーシャの、更にその上をいくものであったのだ。
彼にはアリーシャですら全く以て歯が立たない。
文字通り手も足も出ない程の相手であったのだ。
同期のナンバー2。
そういう中途半端な立ち位置にいる事により、アリーシャは孤立していた。
とは言っても彼女が孤立するには、それだけではなく幾つかの理由があった。
それは剣を極めていくという男社会の中にあって、強いだけではなく女であるという点。
闇魔法の適正があってしまった点。
無口で無愛想である、というような点だろうか。
アリーシャは幼い頃からアストリアと共に、国王である父アンガス王から直々に剣の鍛練を受け、厳しく育てられてきた。
男社会に身を置く事が多かったのも手伝って、周りがどうであろうと気にも留めないあっさりとした性格となる。
それはある意味では美徳となったのかもしれない。
だが彼女の美しさとそれに相反するその性格が逆に周りの反感を買う結果となってしまったのだ。
そしてアストリアは、そんなアリーシャとは対称的であった。
友好的で、温和で聡明。
剣の腕もアリーシャの上を行っている。
そんな兄を身近に持てば周りの者は必然的にアストリアの周りに集まっていく。
物心ついた頃には、既に二人を取り巻く環境には雲泥の差がついていたのだ。
アリーシャは実際の所、そんな事は気にも留めなかったが、双子の兄であるアストリアには強い対抗心を持っていた。
きっかけは特に覚えてはいない。理由など無いようにすら思える。
別段仲が悪いというわけではなかったが、何故か心の底から兄だけには負けたくないという強烈な意地のような気持ちが、アリーシャの胸の奥底には居座り続けていたのだ。
いつからだろうか。
もしかしたらこの世に生を受けたその瞬間から、というのが一番しっくり来るかもしれない。
アリーシャは兄であるアストリアは絶対的に自身の越えるべき存在だと魂が認識しているような。そんな運命めいたものを幼いながらに感じていた。
だからアリーシャが剣を振る理由は専らアストリアだったのだ。
勿論単純に強さに憧れ、剣の道に魅入られてもいた。
そんなアリーシャにとっては、騎士団長であるベルクートは憧れの存在であったのだ。
アリーシャの数少ない心許せる存在であると言ってもいいだろうか。

「なんだ、また一人で訓練か? もう訓練の時間はとっくに終わってるぜ?」

ベルクートは素振りを続けるアリーシャの剣筋を眺めながら、満足気な笑みを浮かべた。

「皆と同じでは人並みの力しか得られないのは道理。一国の姫として……いや、剣の道を極めていく者として人並み程度の努力で私が満足するはずが無いだろう。ましてや兄に追い付くためには、これでも足りないくらいだ」

アリーシャは当たり前のようにそう語る。
出来すぎる兄を持つ事で、その非凡さに気づく事すら難しいのだ。
ベルクートと言葉を交わしつつ、不意にその後ろにきる存在に気づいた。
今日ここに来たのはベルクートだけでない。
見知らぬその顔。だが明らかに騎士の装備。

「…………」

新入りだろうか。
騎士団長であるベルクートが連れだって歩く者というのが気に掛かった。
それに、特に気になったのは、その者は女であるということだ。
アリーシャは一旦剣を振る手を止め彼女を見つめる。
その視線にベルクートは嬉しそうにニヤリと笑う。

「へへっ、アリーシャ! コイツは先日騎士団の副団長に任命されたライラだ。アリーシャに紹介しようと思って連れてきた」

「ライラです。よろしくお願いしますね。王女」

「副……団長……」

これがアリーシャとライラが初めて出会った瞬間であった。