隼人達がピスタの街で魔族と激闘を繰り広げた日の夜の事。
流麗な装飾が壁や天井に誂えられた広間に、一人の男が立っていた。
丸眼鏡を掛け、立派な口髭を蓄え、マナの薄明かりが照らし出すその表情からは特に何の感情も読み取る事は叶わない。
ただその立ち居振舞いと格好からしてかなり高位な身分に位置する存在であることは明らかだ。
マナの光が揺らめいて、男は独り言のように声を発した。

「うまくいったか」

その声に呼応したように男とはほんの数メートルの間隔を開けて広間の空間が歪んだ。そこから一人の女が現れた。美しく物腰の柔らかなその女性は腰に剣を携え薄く微笑んでいる。

「それはどういった事に対してかしら?」

「フ……。計画の全てに対してだよ」

女は柔和な笑みを崩す事無く答えた。

「あなたが思っている通りよ」

「……そうか。ならば良い」

ここで初めて二人は互いに向かい合った。その立ち姿はとても様になっている。誰の目から見ても高位の貴族と騎士の二人が話している以外の何物でも無い。

「楽しみね……私たちがこの国へ来て、もう五年になるかしら」

「ああ……そうだな。随分と手の込んだ真似をしたものだ」

「ふふ……。随分と長く感じたわ。けれどそれももう間もなくの事なのね。興奮して何人か斬ってしまいそうだわ」

女は嬉しそうに微笑む。彼女の所作からは人を斬り捨てる姿は想像し得ない。いや、もしそうするのだとしても彼女は息をするのと同じように人を斬るのだと、そう思わせる凄みみたいなものがあった。

「おいおい、早まるなよ。せっかく準備してきたんだ。楽しみは最後まで取っておかなくてはな」

彼もそれを解っているのだろう。ほんの少し冷や汗を額に浮かべながら大仰にため息をついた。

「ええ、分かっているわ。もうすぐなんだもの。そんな興ざめな事、する訳無いでしょう?」

そう言ってクスクスと声を上げる女。彼女からすれぱほんの冗談に過ぎないのだが、それを冗談と思わせない特別な威圧を放つ。
男はそれに若干呆れたが、もうそんな事には構わず話を続けていく事に決める。

「ああ、それと人質はどうした?」

「あら。あなたの言う通りにあちら側の牢獄に繋いできたわよ?」

「そうか。では少し様子を見てくるか」

それを聞いて男は満足気な笑みを浮かべ歩き始める。

「あなたこそ、早まってつまみ食いしないでちょうだいね?」

女も念を押すように男に声を掛ける。お互いに同じ志しを持つ者同士とはいえ油断ならないという事はこの五年という年月の中で理解していた。

「馬鹿な事を言うな。確認してくるだけだ。そっちも例の物の準備を頼むぞ」

男はそう言いつつ歩を進めていく。その先には壁しか無いというのに。

「ええ、抜かりは無いわ」

「ではな、ライラ」

「ええ、ホプキンス」

それを最後にホプキンスと呼ばれた男は壁の中に消え入るように姿を消した。少しの間を置いてライラもその場から欠き消える。
残されたその空間にはマナの灯りだけが虚ろにゆらゆらと部屋を照らしていた。