椎名の圧倒的な戦闘力。そんなものを見せつけられても、亀の魔族は諦めなかった。
ドスドスと重量のある体を活かし、そのまま突進してきた。

「お、俺はそう簡単には切り刻まれたりしねえぞおっ!」

こうなってしまっては最早やぶれかぶれのようにしか見えない。

「確かにあなたは堅くて切り刻むのは少しだけ骨が折れそうね」

椎名は跳ねるように飛び上がり、数十メートルの高さまで上昇。
亀の魔族に翼はない。
更に言うと、体型からしても重量級なのでレッサーデーモンに比べ、パワーや防御の面では秀でているように見えるが、空に避難されてはどうする事も出来ないのだ。

「ふざっけんなあっ! 逃げんのかよおっ!! ――――こうなったらっ!」

亀の魔族は椎名への攻撃をやめ、ニヤリと笑んだ。
自身の攻撃が椎名へと向けることが難しいと判断したのか、遂に対象を変更する方法を取った。
その対象は、一人離れて倒れているアリーシャだ。

「ガハハアッ!! あの姫を道連れだあーっ!!」

「まあそう来るわよね。魔族ってほんと卑怯なんだから」

椎名は呆れたようにため息をつき、中空で反転。
空中で風を足場にそこから弾丸のように自身を射出したのだ。

「はああっ!! エンチャント・ストーム!!」

椎名の得意技。
右手のユニコーンナックルに暴風を纏わせる。
その叫びに呼応するように、武器に取り付けた魔石が反応し、白い輝きを放つ。
あまりのスピードに、私は一瞬椎名の姿を見失う。
その直後、ドガンッ――という音がした。

「が……ああ……ちく……しょ……」

声に亀の魔族のいる方へ目を向ける。
すると亀の魔族がいる場所の少し向こう側に、地面に着地した椎名の姿。
亀の魔族は腹部に大穴を空けられ、体に無数のひびが入っていた。
そのままさらさらと灰になり、やがて亀の魔族は消滅。
断末魔の声を上げる暇もない程に、一瞬の出来事だった。

「さて、あなたで最後よ狼さん?」

ゆっくりと振り返り、椎名が狼の魔族を見つめると、奴はびくんと肩を震わせた。

「……くっ……。クソクソクソオオォォォォォォォ!」

狼の魔族は踵を返し、ヤケクソ気味で特攻を謀るのかと思いきや、違った。
踵を返し、全速力で逃亡を謀ったのだ。
そこに魔族としてのプライドは無いのかと思いつつも流石四級魔族。走るスピードは相当のもので、あっという間に豆粒程の大きさでしか視認出来なくなってしまった。

「――何それ。逃げちゃうんだ」

椎名は呆れたように短いため息を一つ。
それに動じる事もなく、人差し指をすっと狼の魔族へと向けた。
それはまるで銃を構えるようだ。
次の瞬間、指先に小さな揺らぎが生まれる。
あれは、凝縮された風か。

「ストーム・バレット!」




指先から生まれた見えない空気の弾丸が発射された。
街の大通りを風が吹き抜けていく軌跡で、かろうじて認知だけは出来た。
直後、破裂音と狼の魔族らしき断末魔の声が街に響いたのだった。

「ふう……一丁上がりってね」

椎名はフゥッ、と指先を吹く仕草をしてから腕を下ろし、一部始終を見守っていた私と美奈の方へと歩いてきた。

「めぐみちゃん。……ありがとう、隼人くんも」

美奈がフラフラな私の方へと駆け寄った。椎名もこちらへととぼとぼと歩いてくる。

「ようやく勝てたわね。ま、こんなも――」

こちらへと歩いてくる途中、彼女は電池が切れた玩具のようにがくんとその場に倒れ伏す。

「椎名!」
「めぐみちゃん!」

もうとっくに限界だったのだろう。
私と美奈は椎名に駆け寄ろうとしたが、同時に私も視界が真っ白になり、足がもつれて前に出せなかった。
気づいたら地面が目の前に迫ってきていた。
今更ながらに思い出す。そう言えば私もそれなりに傷ついたのだ。
美奈が私を呼ぶ声が聞こえる。
だが最早身体に力が入らない。意識は朦朧として美奈の私を呼ぶ声がどんどん遠ざかっていく。
とりあえず、難は去ったのだ。もう踏ん張らなくても大丈夫だろう。
少し疲れた。今は頬に当たる地面の感触すら気持ち良く感じるのだ。
今はもう何も考えたくない。
とにかく一度、このまま眠らせてくれ――――。