1年後。
あれから私は誰とも付き合わず、ただ仕事に専念した。
私の仕事は大手出版社で忙しい為、余計な事を考えずに済んだ。
ある日、新人が入ってきた。
「え〜今日からうちに来た、新人の木下 勇斗(きのした はやと)くんです!」と部長が紹介する。
「木下です。よろしくお願いします。」そう言ってその新人は礼儀正しくお辞儀した。
「じゃあ木下くんの指導を伊藤さんお願いね。」
「えっ私ですか?」
予想外の出来事で、部長に問いかけてしまった。
「伊藤さんは仕事が良く出来るから木下くんもすぐに成長するだろう。」
「わ、分かりました。」
「よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
彼は深々と私に頭を下ろした。
「じゃあまずここが君のデスクね。」
「はい。」
そう言って私は彼に仕事の手順などを教えて言った。
「そろそろお昼だね、一旦休憩していいよ。」
「分かりました、ありがとうございます。」
私はお昼を買いに社内にあるコンビニへ向かった。
「あら、こんにちは。」
いつものコンビニの店員さんが挨拶をしてくる。
「こんにちは。」と笑顔で返す。
そしていつも通りおにぎりを1つ買って店を出た。
オフィスに戻るとみんな新人の話でいっぱいだった。
「木下くんって何歳?」
「22歳です。」
彼は私の4歳も年下なのに自分よりしっかりしていた。
昼休みが終わり、仕事に戻る。
「じゃあ午後からは外回りだね。」
「はい。」
そして私達は会議のあるビルに向かった。
「こちら今日から入った新人の木下です。」
会議の前に彼を紹介する。
「木下です、よろしくお願いします。」
拍手が会議室に溢れかえった。
それから3時間程で会議が終わりオフィスに戻った。
「今日は、みんなで木下くんの歓迎会だ。」
その後近くの居酒屋で飲むことになった。
「カンパーイ!」
店内がとても賑わう。店員が次々につまみやお酒を持ってくる。
歓迎会が始まり1時間程経った。
「じゃあ私ここら辺で…」と言って店を出た。
店から数メートル歩いていると「伊藤さん!」と言って新人が走ってきた。
「どうしたのそんな慌てて?」
「これ…」そう言って彼は私に家の鍵を渡した。
「あっこれ家の鍵!」
「店を出た時に落としたの見えて。」と彼が言う。
「ありがとう。」
「いえいえ。」と言って私に笑顔を見せてくる。
「もう遅いし送って行きましょうか?」彼が心配そうな目で聞いてくる。
「大丈夫、今日の主役は木下くんだからね。」
「じゃあまた明日。」そう彼に言って私は駅へと向かった。
もうすぐ駅に着くあたりに男の人に声をかけられた。
「ねぇお姉さん今1人?」
「そうですが…」すぐにナンパだと気ずき、駅へと足早に向かおうとしたが腕を掴まれてしまった。
「やめてください。」私は自分の腕を引っぱる。だが男は止めてくれない。
「やめてください!」と叫んだと拍子に男が手を離し私は後ろへと倒れかけたが誰かに支えられ倒れる事はなかった。
「大丈夫ですか?」と言われ「はい。」と振り向くと新人がいた。
「木下くん?」
「心配なのでやっぱり来たらこうなってて。」
「ごめん。」
「そんな、伊藤さんが謝る事じゃ。」そう言って彼は私を自宅まで送ってくれた。
次の日、いつも通り出社すると自分より先に彼はデスクワークをしていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」と言って彼は仕事の手を止めた。
「何してるの?」
「昨日の会議をちょっとまとめて見たんですが…」と彼がパソコンを私に見せてきた。
「凄いいいと思う。」彼のまとめ方は私よりも遥かに上手かった。
「本当ですか?ありがとうございます。」彼は嬉しそうに言ってきた。
午前は数件外回りに行き、オフィスに戻ってきた。
「今日は、お昼奢るよ。」
「そんな…」
「昨日も助けてもらったし、さっきのもとても良かったからね。」
少しはお礼はしないとと思い私は彼にお昼を奢った。
「ありがとうございます。」
「全然気にしないで。」
それから数ヶ月が経った。彼は淡々と仕事をこなすようになり研修も今日で終わる事になった。
午後の仕事が終わり身支度をしていると彼が私に話しかけてきた。
「今日まで研修ありがとうございました。」
「こちらこそありがとうございました。研修と言っても木下くんすぐに成長したから凄く楽だったよ笑」
彼の研修が終わるのは少し寂し気もするが、彼が成長したという証拠だ。
「あの、今度の土曜日って予定ありますか?」
「えっ?」急に彼が予定を聞いてきてびっくりしてしまった。
「お礼させてください。」
「いや、そんなただ私は仕事を教えただけだし…」戸惑いながら彼に言う。
「俺がしたいんです。」そう食い気味に言ってきた。
「分かった…じゃあ土曜日ね。」
それから土曜日まで彼と話す事はなかった。