落ち着いたところで、今度こそ颯希さんがいるであろう病院に向かう。
 歩道橋から歩いて十分もかからない場所にあった総合病院は、夕方のせいかどこか寂しげに見えた。
 受付のロビーまで行って、颯希さんが来ていないかダメ元で確認すると、受付の人はにっこりと笑顔で答えた。どうやら颯希さんと面識があって、たわいのない話をするほどの仲らしい。
「颯希さんって入院しているんですか?」
「いえ、お見舞いですよ。■■さんの」
 その一言で、すべてが解けた。
 私は病室の場所を覚えると、受付から離れた場所にいる沙綾ちゃんの腕を掴んで階段を駆け上がる。
「ちょっ……いきなりどうしたんだ⁉」
「わかったの! 颯希さんがここにいる理由も、沙綾ちゃんが幽霊である理由も全部!」
 首をひねる彼女に、私は一度立ち止まって先月の歩道橋付近であった交通事故の記録が表示されたスマホの画面を見せる。
「よく見て。あの歩道橋で事故は遭っても、誰一人死んでいないの」
「死亡者がいない……? でも私は確かに……」
「うん。事故は遭った、それは間違いない。でもそのショックで沙綾ちゃんが幽体離脱したとは考えられない?」
 事故に遭い、体と魂が分離してしまったとしたら。
 魂だけが歩道橋に取り残され、体がこの病院にあるとしたら。
「沙綾ちゃんは、まだ生きてるかもしれない!」
 私がそう言うと、沙綾ちゃんの目つきが変わった。今度は彼女が私の手を掴んで階段を駆け上がっていく。
 受付で教えてもらった病室に着いて、ノックもなしに中へ入ると、小さな個室の中心にベッドが置かれ、あの音無沙綾が横たわっていた。真っ白な肌に丁寧に手入れされたホワイトアッシュの髪が夕陽の光に照らされている。音無くんとそっくりだ。
 そのベッド横に置かれた椅子に座っていたのは、二人の兄である颯希さんだった。スーツ姿にぼさぼさの髪、やせこけた頬が目立っている。それをお構いなしに、祈るように眠っている彼女の手を握っていた。
 隣にいる沙綾ちゃんを見ると突然、がくんと足から崩れ落ちた。
「沙綾ちゃん!?」
 慌てて支えると、彼女の口元が小さく緩んだ。……いや、ちがう。
「もしかして……佐幸か? その恰好は一体……それに君は……?」
 こちらに気付いた颯希さんが、驚いた様子で私たちを見る。
 すると、どこからか小さく唸る声が聞こえた。まさかと思い、颯希さんの向こう側――ベッドに横たわる彼女を見る。
「……みんな、ただいま」
 沙綾ちゃんはそう言って、小さく笑って見せた。