授業を終えて、私は荷物を抱えて教室を出ると、廊下で音無くん――じゃなかった、沙綾ちゃんと合流する。彼女は私の歩幅に合わせるようにして隣を歩く。周囲からの注目度がさらに増した。
「君って有名人なんだね。こんなにギャラリーがいるなんて思ってもいなかったよ」
「……どう見たって、沙綾ちゃんだよ」
何も知らない人にとってみれば、私の隣を歩いているのは沙綾ちゃんではなく音無佐幸だ。彼の女装のクオリティはとても高いが、大半の人が物珍しさからだろう。しかし、そんなことをおかまいなしに沙綾ちゃんは言う。
「確かに、こんな美男美女がそろって歩いていれば、誰でも振り向きたくなるだろうね」
……ダメだ、絶対わかっていない。
これ以上反論するのも疲れるので、本題に入る。
「それで、私はどうすればいいの?」
「そうだね……まずは電話ができるかチャレンジしよう。家と、あと職場かな」
兄に会わせてほしい。――そう答えた沙綾ちゃんの表情は、真剣そのものだった。
そもそも事故に遭ったのは、兄の颯希さんと喧嘩をして家を飛び出したからだという。
「このまま佐幸の体を借り続けるわけにはいかないだろう? でも最期に……成仏する前に兄に謝りたいんだ」
死んでしまったら、生きている人へ何もしてあげられない。ただ遠くから見守ることしかできないのが、どうしても歯がゆい。
だからこそ、彼女は自分のために成仏する道を選んだ。
しかし、歩道橋に縛られてしまっている以上、どうしても生きている人の協力が必要だった。
「音無くんのスマホで連絡を取ろうとは思わなかったの?」
「不思議なことに、身内との連絡手段は何も使えなかった。神様は意地悪したいらしい」
学校を出て、ひとまず歩道橋に向かう。
歩きながら沙綾ちゃんの話に耳を傾けつつ、自分のスマホで先月の交通事故の情報を探る。彼女が事故に遭って死んだのなら、小さくても記録が残っているはずだ。しかし、一向にそれらしい情報がどこを探しても見つからない。どのネット情報でも「交通事故死者〇名」の記載ばかりだ。
すると、ずっと手元ばかり見ていたせいで足元がふらついて躓きそうになる。それを横から腕を掴まれて留まった。思わず顔を上げると、すぐそこまで沙綾ちゃんの顔が迫っていた。
「ちゃんと歩きなって。危ないだろ」
「ご、ごめん……」
呆れた様子で沙綾ちゃんが腕から手を放す。やはり元の体が音無くんだから、男らしい腕力が備わっているらしい。
歩道橋まで来ると、家に戻ってきたかのように沙綾ちゃんが大きく伸びをする。
「……ここで事故が遭ったなんて知らなかった」
普段使っている場所だからこそ、そう言った話を聞くとぞっとした。
「真夜中だったからね。朝方には撤収しただろうし、誰も気付かなかった可能性だってある」
歩道橋の下を行き交う車は、十字路の信号機にあわせて行き来している。近くには横断歩道もあるけど、対角線上へは歩道を二回に分けて行かなければならない。斜めに飛び出す人も少なくはないだろう。それを防ぐために歩道橋が作られたわけだが、緩やかでも長い階段を登るのは好まれないらしい。
「はい、佐幸のスマホ。ロックは外してあるよ」
「それって不用心すぎるんじゃ……」
「私が取り憑いた頃からずっとロックは外されていたんだ。最初からロック機能を使っていなかったのかもしれない。……って、どこに行くの?」
「車の通る音で聞こえないでしょ。ちょっと待ってて」
私は階段を降りてひらけた場所で、音無くんのスマホから着信履歴を辿る。最近はアプリで連絡を取り合っているせいか、履歴には自宅と颯希さん、それとある会社の電話番号だけだった。
自宅と颯希さんのスマホ番号を確認して、自分のスマホからそれぞれかけるが、すぐに留守電に切り替わってしまった。
「……となると、この会社か」
会社名を調べると、IT企業のようだ。同様に発信ボタンを押すと、ワンコールで『はい、セキネ情報会社です』と音声データのようなお手本の女性の声が聞こえてきた。
私が颯希さんはいるかと問うと、確認すると言って保留音が流れる。
『お待たせいたしました。音無ですが、本日休暇をいただいております。ちなみに音無とはどういったご関係でしょうか?』
「えっと……お、弟さんの友人です! 偶然弟さんのスマホを拾いまして、自宅や颯希さんに連絡が取れなくて。以前颯希さんからもらった名刺があったのでお電話したのですが……」
苦し紛れな言い訳を即席で考えて答えると、よくあることなのか、電話口から納得したような声が聞こえた。個人情報だからか、先程よりも小声で話してくる。
『すでに連絡しているのなら、こちらで対応は難しいですね』
「どこにいるか、心当たりはありませんか?」
『そうですね……実は卓上カレンダーに「病院」の記載があるので、多分そうかと』
どこか体調が悪いのだろうか。それとも家族の付き添いとか?
これ以上は怪しまれるので、お礼を言って電話を切る。履歴にあった場所への電話は全て終わった。曖昧な情報しかないけど、ひとまず沙綾ちゃんの元へ戻る。
「君って有名人なんだね。こんなにギャラリーがいるなんて思ってもいなかったよ」
「……どう見たって、沙綾ちゃんだよ」
何も知らない人にとってみれば、私の隣を歩いているのは沙綾ちゃんではなく音無佐幸だ。彼の女装のクオリティはとても高いが、大半の人が物珍しさからだろう。しかし、そんなことをおかまいなしに沙綾ちゃんは言う。
「確かに、こんな美男美女がそろって歩いていれば、誰でも振り向きたくなるだろうね」
……ダメだ、絶対わかっていない。
これ以上反論するのも疲れるので、本題に入る。
「それで、私はどうすればいいの?」
「そうだね……まずは電話ができるかチャレンジしよう。家と、あと職場かな」
兄に会わせてほしい。――そう答えた沙綾ちゃんの表情は、真剣そのものだった。
そもそも事故に遭ったのは、兄の颯希さんと喧嘩をして家を飛び出したからだという。
「このまま佐幸の体を借り続けるわけにはいかないだろう? でも最期に……成仏する前に兄に謝りたいんだ」
死んでしまったら、生きている人へ何もしてあげられない。ただ遠くから見守ることしかできないのが、どうしても歯がゆい。
だからこそ、彼女は自分のために成仏する道を選んだ。
しかし、歩道橋に縛られてしまっている以上、どうしても生きている人の協力が必要だった。
「音無くんのスマホで連絡を取ろうとは思わなかったの?」
「不思議なことに、身内との連絡手段は何も使えなかった。神様は意地悪したいらしい」
学校を出て、ひとまず歩道橋に向かう。
歩きながら沙綾ちゃんの話に耳を傾けつつ、自分のスマホで先月の交通事故の情報を探る。彼女が事故に遭って死んだのなら、小さくても記録が残っているはずだ。しかし、一向にそれらしい情報がどこを探しても見つからない。どのネット情報でも「交通事故死者〇名」の記載ばかりだ。
すると、ずっと手元ばかり見ていたせいで足元がふらついて躓きそうになる。それを横から腕を掴まれて留まった。思わず顔を上げると、すぐそこまで沙綾ちゃんの顔が迫っていた。
「ちゃんと歩きなって。危ないだろ」
「ご、ごめん……」
呆れた様子で沙綾ちゃんが腕から手を放す。やはり元の体が音無くんだから、男らしい腕力が備わっているらしい。
歩道橋まで来ると、家に戻ってきたかのように沙綾ちゃんが大きく伸びをする。
「……ここで事故が遭ったなんて知らなかった」
普段使っている場所だからこそ、そう言った話を聞くとぞっとした。
「真夜中だったからね。朝方には撤収しただろうし、誰も気付かなかった可能性だってある」
歩道橋の下を行き交う車は、十字路の信号機にあわせて行き来している。近くには横断歩道もあるけど、対角線上へは歩道を二回に分けて行かなければならない。斜めに飛び出す人も少なくはないだろう。それを防ぐために歩道橋が作られたわけだが、緩やかでも長い階段を登るのは好まれないらしい。
「はい、佐幸のスマホ。ロックは外してあるよ」
「それって不用心すぎるんじゃ……」
「私が取り憑いた頃からずっとロックは外されていたんだ。最初からロック機能を使っていなかったのかもしれない。……って、どこに行くの?」
「車の通る音で聞こえないでしょ。ちょっと待ってて」
私は階段を降りてひらけた場所で、音無くんのスマホから着信履歴を辿る。最近はアプリで連絡を取り合っているせいか、履歴には自宅と颯希さん、それとある会社の電話番号だけだった。
自宅と颯希さんのスマホ番号を確認して、自分のスマホからそれぞれかけるが、すぐに留守電に切り替わってしまった。
「……となると、この会社か」
会社名を調べると、IT企業のようだ。同様に発信ボタンを押すと、ワンコールで『はい、セキネ情報会社です』と音声データのようなお手本の女性の声が聞こえてきた。
私が颯希さんはいるかと問うと、確認すると言って保留音が流れる。
『お待たせいたしました。音無ですが、本日休暇をいただいております。ちなみに音無とはどういったご関係でしょうか?』
「えっと……お、弟さんの友人です! 偶然弟さんのスマホを拾いまして、自宅や颯希さんに連絡が取れなくて。以前颯希さんからもらった名刺があったのでお電話したのですが……」
苦し紛れな言い訳を即席で考えて答えると、よくあることなのか、電話口から納得したような声が聞こえた。個人情報だからか、先程よりも小声で話してくる。
『すでに連絡しているのなら、こちらで対応は難しいですね』
「どこにいるか、心当たりはありませんか?」
『そうですね……実は卓上カレンダーに「病院」の記載があるので、多分そうかと』
どこか体調が悪いのだろうか。それとも家族の付き添いとか?
これ以上は怪しまれるので、お礼を言って電話を切る。履歴にあった場所への電話は全て終わった。曖昧な情報しかないけど、ひとまず沙綾ちゃんの元へ戻る。