「ねぇ、聞いた? 歩道橋にいる幽霊の話。夜になると歩道橋で踊っている女の子の霊が現れるっていう」
「確かこの間、部活の先輩が遭遇して慌てて逃げたけど、次の日に怪我したんだよね」
「こわーい。……でもつかさは大丈夫だよね。その身長じゃあ、誰でも逃げるって」
 クラス内で盛り上がる話の中、友人の一人がニヤニヤした顔で私――()()つかさを見て言う。名前の字面だけだと男に見られがちな私は、れっきとした女子生徒だ。
 名前だけで性別を間違えられるのは日常茶飯事で、成長期で伸びた身長はクラスの平均を超え、ついに一七七センチに到達した。そのせいで体育の授業では「男子と同じチームでなければ平等じゃない」という身勝手な理由で男扱いをされている。
 根腐れてしまった今は、少しでも女子らしく見られようと肩まで髪を伸ばした。それでも周囲の反応は変わらない。
「そ、そうだね」
「歯切れ悪いなぁ。実際にそうでしょ。小さい子に『お兄ちゃん』って呼ばれているの知っているから。ま、幽霊に好かれない限り大丈夫だよね」
「あはは……」
 苦笑いしか出てこない。それ以上話すことはなかったので、解きかけの塾のプリントを再開する。友人はつまらなさそうに鼻で嗤うと、また先程の幽霊の話の続きを他の子に話していた。
 歩道橋の幽霊――それは、つい先月くらいから広まった噂の話。
 なんでも、夜遅くに私が通っている学校と駅の途中にある歩道橋の上で、長い銀髪を揺らす少女が現れるらしい。彼女を見た人は、次の日に必ず不運なことが訪れるとさえ言われている。しかし、防犯カメラや警察の巡回でも少女の姿は見当たらなかった。それがきっかけで、彼女は「歩道橋の幽霊」と呼ばれている。
「……まぁ、関係ないでしょ」
 少なくとも、私には関係のないことだ。それよりも塾のプリントをどうにか終わらせなくてはと、改めてシャーペンを握りなおすと、突然教室の出入り口が騒がしくなる。
 気になって目を向けると、端正な顔立ちに長い黒髪を揺らした女子生徒が、なぜかまっすぐ私のほうへ歩いてきた。近づくにつれて、その容姿を見てハッとする。
「君が鳥羽つかさ? ちょっと顔貸してくれる?」
 彼の名前は(おと)(なし)()(ゆき)。れっきとした男子だ。