欠伸が我慢出来なかった口を手で押さえながら、開館されていない図書室の返却口に借りた本を入れた。授業の時間を全て夢の中で過ごしている間、外では怒声が響き渡っていた気がする。それが誰に対してのものか、深い眠りの底に意識は沈み、脳は理解することだ出来なかった。

 その日の放課後、担任に職員室へ呼び出されるまでは。


「各科目の先生達から、お前の授業態度が悪いとクレームが来ている」


 不服な顔を隠せているかどうか、鏡がない今は分からない。


(寝ているだけなら誰にも迷惑はかからないじゃない)


 先生達はよほど授業を聞いて欲しいらしい。授業中に叱る行為が周囲の迷惑になるというのに、それをさせている方が悪いという。どちらも悪いか。


「そんなことしていたら、なりたい職業に就けないぞ」


 どうせ就けないよ。


「すみませんでした」


 頑張って良い学校に行ったって、そこになりたい職業はない。私には夢がないから。

 強いて言うなら、本を読んだり映画を観たりして過ごしたい。そんなことで収入が得られる世の中ではない。

 長いようで短い説教の後、いつもより遅くなってしまったけれど変わらず図書室に向かった。嵩張るからと、今朝返却したあの本を、もう一度読もうと思って探す。


(ない……)


 元の場所に本はなかった。


(まだ戻されていないのかな)


 返却された本がひとまず収められる棚にあるだろうか。司書の人がまだ仕事を終えていないのかもしれない。

 返却棚を見に行こうと身体の向きを変えた。珍しくも周囲に人の気配が現われる。


「そこにあった本なら今はないよ」


 つい先ほどまで、そこには誰もいないと思っていた。ましてや二メートルも離れていない右隣の距離にいる、誰かの存在に気付かなかったなんて。

 同じ制服を身に纏う彼が声をかけた対象は自分であっているのかどうか、念のため反対側に顔を向ける。


「赤い本を探しているんだよね? 榎本未羽さん」


 その心配は続けられた言葉によって、杞憂に終わった。


 どうして名前知ってるの? 目で訴える。

 知らないところ、知らない人達の間で話題になっていたのなら気分のいいものではない。

 好意的な顔を出来ていなかっただろう。警戒心が露わになっていたように思う。けれど、彼はこちらのそんな様子に顔色一つ変えなかった。視線で訴えた問いかけにも気付かない。