何かの本を誰かが借りることで、詩月にメリットがあるような言葉。私の頭ではその意味を理解出来なかった。
「今度はそうだな……世界図書館にでも移ろうかな」
詩月は不思議な物言いをする。解説を求めようとは思わない。詩月に何かを聞くことが出来なくなっている。勇気を出したあの一件が最初で最後だった。
「あっ……」
ぷつりとタブレットの画面が暗くなる。
何度か電源ボタンを押しても画面が再び色を映すことはなかった。充電が無くなったようだ。残量が少なくなっていたことに気付かなかった。
「ケーブル借りてくるね」
普段は静寂に包まれている辺りに珍しくも人の声がする。
どこかの業者だろう同色の作業着を着た人達がリストのような紙を片手に段ボールの中へ本を入れてゆく。重さが加わったそれらを積み上げる作業音が図書室内に響いていた。
(そっか。来週から視聴覚室になるんだ)
図書室にある殆どの本はCDやDVDに入れ替わる。少し前までの私は喜んでいた。この光景を見て胸を高鳴らせただろう。でも今は、少しだけ寂しい。詩月の影響だ。本を見て、捨てられるのが可哀想だなんて、らしくないことを思う。
このような気持ちは、自分のものではない電子書籍なら感じない。電子の方がいい。レンタルの方が楽。
「消えるのは本だけでなく、図書室もか」
殆どの学校から図書室という場所は消えてしまった。そのうちいつか、本というものが一冊残らず消えてしまうかもしれない。
(そうしたら詩月は視聴覚室登校になるのかな)
私も教室じゃなくて、視聴覚室に通いたい。
そう考えて直ぐ、そこ心を否定する。通いたくない。私が通いたいのは、視聴覚室ではない。
私が通いたいのは……。
「詩月?」
戻ってくると、長閑な時間は消えていた。