「本とか映画っていいよね。現実を忘れて、違う世界に連れて行ってくれる」
職員室での僅かな時間は酷く長く感じたというのに、図書室で本を読んでいる時間は一分一秒がとても短い。
「今日は何を読んでるの?」
「友達が勧めてくれた本。まだ途中だけど、結構面白いよ」
栞の機能を立ち上げて、読んでいるページを記録した。最初の表紙ページへ一気に指をスライドさせ、タイトルが見えるように詩月の方へ画面を向ける。興味を持ってくれた割に、詩月の表情は沈んだ気がする。
「未羽は電子書籍が好きなんだね」
「だって、何冊でも持ち歩けるじゃない。容量を増やしても、重くないし。値段だって紙の本より安いし」
「だけど、全ての本が電子書籍になるわけじゃない。読む権利を借りてるだけで自分のものじゃないし、いつまでも残るものじゃないよ」
「図書館で貸し出しが許されてる紙の本と似たようなものだね」
ここにある本も自分の物ではない。借り帰ることが出来るだけ、読む権利を貸してもらえるだけ。
「それに紙の本だって、永遠には残らない。あの本のように、読めなくなってしまう。形あるものはいずれなくなるの」
災害が起きたとき、電子書籍はタブレット一台で全ての本、全てのページを持って行けるけれど、紙の本は沢山は持って行けなくて、その間に火災が起きたら燃えて無くなってしまう。
形のない電子書籍はどこへでも何冊でも持って行けるけど、詩月の言う通り読む権利を購入しただけ。いずれは無くなってしまうもの。
よほど印象に残る物語でなければ、記憶も徐々に薄れていくだろう。紙の本であれ電子書籍であれ、最後に残るのはそれを読んだ思い出と、それを読んで得た知識だけだ。
「詩月は紙派だよね」
「うん」
「この学校、殆ど本がないのにどうしてここにしようって思ったの?」
「来るつもりはなかった。でも、最後に借りてくれた人に会ってみたくなったんだ」