直に当たる冷房の冷たさに心地良さを覚えながら、教えてもらった本の電子書籍をタブレットで読んでいた。

 独占していた図書室の机はもう何日も一人で座っていないというのに、忘れて無意識に心の声が外に出た。誤魔化しの言葉が見つからず、潔く諦める。


「好みが同じ人と、共通の趣味を楽しめること」


 毎日の放課後を共に過ごし、語り合い、詩月のことは友達だと思っている。でも友達なら当たり前に知っていることを私は知らない。

 フルネーム、学年、クラス、帰る方向。

 タイミングを逃したまま今日まで先延ばしにしていたことを勇気を出して聞いてみる。


「ねえ、詩月って何組なの? ひょっとして同い年でもなかったりする?」


 この程度なら聞かれて困る内容ではないと思っていた。教室から出た際、偶然廊下に居合わせれば知られることだからだ。

 直ぐに返ってくるものかと思っていた答えは、硬直した空気から発せられることがないと分かる。詩月は顔を俯かせた。よく見えないけれど、表情は明るいものではない。


「どうして、そんなことを聞くの?」

「どうしてって……」


 親しくなったと思っていた。同じ学校に通っていることは、同じ制服を着て、同じ校内にいることから見て分かる。親しい相手の学年クラスを知らないなんて、そんなことがあるだろうか。

 親しくなったと思ったのは、一方的な思い上がりだったのだろうか。詩月にとって私は友達でも何でもないのかもしれない。友達でなければなんだろう。ただの知り合い? その日にたまたま出会い、会話をしただけの人?

 何にせよ、勘違いをしていた。恥ずかしい。悲しい。

 顔には出さず、心の内で様々な感情が渦巻いた。

 休み時間を一緒に過ごしたいなんて、約束をしたいわけではない。ただ知りたいと思うのは、おかしいことだろうか。


「なんだか詩月とは、図書室でしか会えないみたい」

「うん……」


 会いたくないのだと思った。それは違うのだと続けられた言葉が教えてくれる。


「図書室登校なんだ、俺。だから図書室でしか会えない」

「え……」


 保健室ではなく、図書室?

 初めて聞いた登校システムについて、知ろうとすることは許さないとでも言うようにチャイムが鳴り響く。


「下校の時刻だよ。もう帰らないと」


 詩月が向かう先は出口がある方向ではない。

 いつもそう、帰りは一緒に帰らない。チャイムの音は間もなく下校の時刻となる知らせ。生徒は全員外に出て、家に帰らないといけないのに。

 詩月は学校から出る様子を見せない。


「また明日」


 本棚の角を曲がって、姿は見えなくなる。


「まっ、待って!」


 追いかけた先に詩月の姿はなかった。この部屋のこの付近に人の気配も感じられない。

 いつも一人だった、かつての空間。


(詮索しちゃ、いけない気がする)


 今の楽しい時間が終わってしまう気がする。

 私に出来ることは、何も聞かないこと。でも、本心では……聞きたいことが沢山ある。