午後の業務は散々だった。顧客への営業電話ではクレームばかり。客から怒鳴られ続けたのは久々だ。女性下着の訪問販売業。営業職で入社したというのに、電話予約が取れない私は、ルート営業にさえ連れて行ってもらったことがない。   
 入社から一年近くにもなるのに、話術は向上しない。同僚の営業職の女性たちに呆れられているのを感じる。
 それでもこの会社には男性社員はほとんどいない。この営業部のフロアにも課長しか男性はいない。私にとって恵まれた環境なのだ。たとえ同僚のだれからも社会人扱いされなくても。ここでなら、なんとか生きていける。

 家に帰ると、金魚はやっぱりいた。ガラスポットのなかを悠々と泳ぎまわっている。
 どうしよう、今日からポットが使えない。レモン水がない生活なんてあり得ない。いっそ金魚を捨ててしまおうか。
 そう思ったけど、生きたままの金魚をどこに捨てればいいのか見当もつかない。トイレに流す? 不気味な生き物だとは言え、まさか、そこまでは出来ない。仕方なく、二十四時間スーパーまでガラスポットを買いに行くことにした。
 逃げるように定時に退社してきたから、まだ日は暮れていない。バスに乗ればスーパーまですぐだけど、公共交通機関に乗ることは出来るだけ避けている。今日も三十分歩いていくことにした。

 目指したスーパーは大型店舗で、一階は生鮮食品中心のいわゆるスーパーマーケット。二階には様々な生活用品が並ぶエリアと、専門店が数件。ここに来れば、生活に必要な大抵のものは揃う。
 食器類は二階。かなり広い陳列スペースを取ってある。私の茶碗は端が欠けているし、マグカップは小さくて使いづらい。だけど、寄り道はせず、真っ直ぐに陳列棚のガラスポットを手に取り、小走りでレジに向かう。
 食器売り場にいる男性店員から距離を取ることが出来て、ホッと息をつく。人の良さそうな顔をしていた。それでも、近づくだけで動悸がする。震えそうになる腕をぎゅっと握って、レジの女性からポットが入った紙袋を受け取った。