三枝さんと二人で無言でビスケットをかじりながら、金魚を観察し続けた。
「尾びれが裂けていますね」
ふいに三枝さんが口を開いた。よく見ると、確かに尾びれに小さな裂け目が出来ていた。私では気づけないほどの小さな傷だ。
「このポットでは小さすぎるから、尾びれがガラスに擦れて切れたんでしょう」
そう言われると、金魚が向きを変えるときにガラスに尾びれが当たっている。痛いのかもしれない。
「水槽を変えた方がいいですよね」
「そうですね。自分のサイズにあった広さがないと、自由に泳げないでしょう。人間と同じですよ」
三枝さんの言葉がよくわからなくて、復唱した。
「人間と同じ?」
ごく真面目な顔で三枝さんはうなずく。
「自分に見合った自由な場所にいないと、人間は傷ついて落ち込んでしまうでしょう」
そうなのだろうか。そんなこと考えたこともなかった。傷つくのは自分がダメだったり、人より劣っていたり、なにも出来ないせいだとしか思っていなかった。
自分に見合った自由な場所。そんな場所が私にもあるだろうか。金魚を見つめる。この金魚はもっと広い場所にいれば、もっと美しく輝くだろうか。
「水槽を買います。お店で取り扱ってますか?」
三枝さんが小さく頭を下げた。
「もちろん、取り扱ってます。すみません、押し売りみたいなことを言ってしまって」
押し売りは私が会社で毎日していることだ。お客様のニーズも考えず、とにかく買ってくれと泣きついている。高価すぎる下着、時代遅れな訪問販売、迷惑そのものだ。三枝さんとは全然違う。
「押し売りなんかじゃないです。三枝さんは私に必要なものを教えてくれただけです」
そう言っても、まだ恐縮し続ける三枝さんの背中を押して家を出た。
「ここからなら、バスで戻れますね」
そう言われて、私の顔は蒼白になったことだろう。
「青柳さん? どうしたんですか」
三枝さんが私の顔を覗き込もうとして、私は思わず後ろに下がった。
「青柳さん?」
「……怖いんです。バスも電車も」
こんな話を人にするのは初めてだ。話せば恐怖が蘇える気がしていたから。でも、三枝さんには話したいと思ってる。
「ち、痴漢にあってから、乗り物も男性も怖くて」
それだけ話しただけなのに、手が冷たくなってきて、震えてしまう。三枝さんが、私を気遣って優しい口調で話しかけてくれる。
「じゃあ、俺もあんまり近づかない方が」
首を横に振って、三枝さんを見上げる。目が合っても、怖くない。
「三枝さんは私を助けてくれたから」
「俺はなにも。光る金魚のこともわからなかったし……」
「違うんです。夏祭りのときに、不良に絡まれてたのを助けてもらいました」
三枝さんは一瞬、動きを止めて考えているようだった。すぐに「ああ!」と笑顔になった。
「あのときの。あれから大丈夫でしたか」
覚えていてくれた。それだけでなぜかとても嬉しくて、私も笑顔で頷くことが出来た。
「尾びれが裂けていますね」
ふいに三枝さんが口を開いた。よく見ると、確かに尾びれに小さな裂け目が出来ていた。私では気づけないほどの小さな傷だ。
「このポットでは小さすぎるから、尾びれがガラスに擦れて切れたんでしょう」
そう言われると、金魚が向きを変えるときにガラスに尾びれが当たっている。痛いのかもしれない。
「水槽を変えた方がいいですよね」
「そうですね。自分のサイズにあった広さがないと、自由に泳げないでしょう。人間と同じですよ」
三枝さんの言葉がよくわからなくて、復唱した。
「人間と同じ?」
ごく真面目な顔で三枝さんはうなずく。
「自分に見合った自由な場所にいないと、人間は傷ついて落ち込んでしまうでしょう」
そうなのだろうか。そんなこと考えたこともなかった。傷つくのは自分がダメだったり、人より劣っていたり、なにも出来ないせいだとしか思っていなかった。
自分に見合った自由な場所。そんな場所が私にもあるだろうか。金魚を見つめる。この金魚はもっと広い場所にいれば、もっと美しく輝くだろうか。
「水槽を買います。お店で取り扱ってますか?」
三枝さんが小さく頭を下げた。
「もちろん、取り扱ってます。すみません、押し売りみたいなことを言ってしまって」
押し売りは私が会社で毎日していることだ。お客様のニーズも考えず、とにかく買ってくれと泣きついている。高価すぎる下着、時代遅れな訪問販売、迷惑そのものだ。三枝さんとは全然違う。
「押し売りなんかじゃないです。三枝さんは私に必要なものを教えてくれただけです」
そう言っても、まだ恐縮し続ける三枝さんの背中を押して家を出た。
「ここからなら、バスで戻れますね」
そう言われて、私の顔は蒼白になったことだろう。
「青柳さん? どうしたんですか」
三枝さんが私の顔を覗き込もうとして、私は思わず後ろに下がった。
「青柳さん?」
「……怖いんです。バスも電車も」
こんな話を人にするのは初めてだ。話せば恐怖が蘇える気がしていたから。でも、三枝さんには話したいと思ってる。
「ち、痴漢にあってから、乗り物も男性も怖くて」
それだけ話しただけなのに、手が冷たくなってきて、震えてしまう。三枝さんが、私を気遣って優しい口調で話しかけてくれる。
「じゃあ、俺もあんまり近づかない方が」
首を横に振って、三枝さんを見上げる。目が合っても、怖くない。
「三枝さんは私を助けてくれたから」
「俺はなにも。光る金魚のこともわからなかったし……」
「違うんです。夏祭りのときに、不良に絡まれてたのを助けてもらいました」
三枝さんは一瞬、動きを止めて考えているようだった。すぐに「ああ!」と笑顔になった。
「あのときの。あれから大丈夫でしたか」
覚えていてくれた。それだけでなぜかとても嬉しくて、私も笑顔で頷くことが出来た。