「なにしてんだよ、邪魔だ!」
 ぶつかってきた若い男性に怒鳴られて竦みあがった。神社の参道には露店が連なって、たくさんの人が揉み合いながら行き来している。
 私にぶつかった男性は、まだ少年と言っていい年齢だろうに、手に缶ビールを握っていた。
「なんだよ、おばさん。なんか文句あるのかよ」
 五人の少年たちは私を取り囲むように移動してきた。どうしよう、怖い。まったく動けない。カバンを抱きしめて立ちすくんだ。一人で夏祭りを見に行こうなんて思わなければよかった。
「人にぶつかったんだから、謝れよ」
「いや、謝るだけじゃ足りんね。慰謝料払え」
 口々に言う少年たちはニヤついている。私なんか人とも思ってないんじゃないだろうか。周囲の人たちは遠巻きに見るだけで誰も助けてくれない。絶望しかけたとき、すぐ近くで大きな声が聞こえた。
「もしもし、警察ですか? 今、女性が恐喝されているところです。はい、犯人は未成年で飲酒しています」
 少年たちが声の主の方に視線を移した。なにが起きているのか理解できないまま、動けない私の側から、少年たちが離れていく。
「すぐ来てくださいますか。良かった。はい。逃がさないように見張っておくんですね、わかりました」
 少年たちは踵を返すと、全速力で走って逃げて行った。助かった。
「警察に電話したフリだけですから、ここで待っていなくても大丈夫ですよ」
 男性の言葉で気が抜けて力も抜けて、倒れそうになった。
「おっと、大丈夫ですか?」
 背中を支えられて、なんとか踏ん張れた。
 振り返ると、スマホを手にした大柄な男性が心配そうに私を見下ろしていた。思わず、二、三歩下がってしまう。
「あ、すみません。突然触って。失礼しました」
 失礼なのは私の方だ。助けてもらったのに逃げるような真似をして。でもなんとも言葉が出てこなくて、首を横に振ることしか出来なかった。
 ふと、男性の手許に目が留まった。金魚すくいをしてきたようで、金魚が入った袋を両手に提げている。ぱんぱんに膨らんだ袋に、十匹ずつくらい入っている。それを、七袋。あまりに驚いて、動けなくなった。
「金魚……好きなんですか?」
 男性が怖いなんて気持ちはどこかへ行って、質問していた。
「はい。大好きです。だから、一匹でも多くすくってやりたくて。世界中の金魚を幸せにしてやりたいんです。でも、屋台の店主さんに、もうやめてくれって泣かれてしまって。これだけしか」
 これだけという量ではない。いくら救ってやりたいと言っても、掬い過ぎだ。
「全部、飼うんですか」
「そのつもりです」
「飼えるんですか」
 水槽もエサ代もバカにならないだろうに。
「飼います。魚のためなら、なんでも出来ます。そうだ」
 男性は持っている袋の中から、金魚が三匹だけのものを私に差しだした。
「良かったら、いかがですか。飼っていたら懐くし、かわいいですよ」
 首を横に振ると、男性は少し悲しそうな顔をした。助けてくれた人に冷たい仕打ちだったのではないかと、なんとか言葉をひねりだした。
「生き物を幸せにしてあげることなんか、私には出来ませんから」
 男性はしばらく私の目を見つめた。「そんなことない」とか「最初は誰だって」とか、適当な慰めの言葉をかけられるのかと思ったが、違った。男性は笑顔でうなずいた。
「うん、わかった。じゃあ気を付けて」
 そう言って去っていく男性は自信にあふれているように見えた。好きなものがあると、そうなれるのだろうか。
 ふと、右耳のあたりに円形に髪が生えていない部分があるのを見つけた。お月さまみたいだなと、ぼんやり思った