「あれ、青柳さん。もう動画を撮って来てくれたんですか」
 店に入ってレジに直行すると、三枝さんが嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見ることが出来たのは嬉しいんだけど、これからその笑顔はすぐに消えるだろう。
「忘れないうちに、これ、お返しします。ありがとうございました」
 ヒーターと水温計を渡す。
「動画を撮ってきました。見てください」
 顔が引きつっているのが自分でわかる。緊急事態を一人で処理することが出来ない。なんとか三枝さんが助けてくれないかと、縋る思いでスマホを差しだした。
「これは……」
 受け取って動画を再生した三枝さんは言葉を失くして、ただスマホの画面を食い入るように見つめた。

 動画は二本撮った。一本はカーテンを開けたまま明るい状態で。もう一本は遮光カーテンを引いた真っ暗な状態で。金魚が光っているのがはっきりとわかる。
 三枝さんは何度も動画を繰り返し再生した。私も隣に立って画面をのぞき込む。私が撮った動画なのに、なにかのトリックを使ったんじゃないかと思ってしまう。三枝さんも、きっとそう思うだろう。
「……見てみたい」
「え?」
 見上げると、三枝さんと目が合った。なんだか泣きそうな顔をしている。
「世の中にこんな不思議な金魚がいるなんて。きっと世界でこの一匹だけだと思う。お願いします!」
 深く頭を下げて、三枝さんは叫ぶように言う。
「金魚を見せてください!」
 震える声は本当に泣いているみたいで、思わず「はい」と返事をしてしまった。

 カズさんにお店を任せると、三枝さんは駆けだしそうな勢いで私の肩を押して階段へ向かう。その勢いのせいか、男性に触れられているのに、怖くない。
 スーパーを出て家に向かって歩き出す。三枝さんは戦地に赴くかのように緊張して手をギュッと握っていた。気が逸っているのか、私よりも前を歩く。私の家までの道を知らないことも忘れているのかもしれない。まあ、しばらくは真っ直ぐ進むから、曲がり角で呼び止めればいいか。
 そう思ったけど、三枝さんのスピードはどんどん上がって、私は小走りについていかなきゃならなかった。
「三枝さん、次、左です」
 荒い息で呼びかけると、三枝さんはハッとして立ち止まった。
「すみません、一人でさっさと行ってしまって。早く金魚が見たくて」
 そう言って速度を落としたけど、しばらくすると、やっぱり早歩きになった。少し息が上がるくらいの速度だ。きっと私にとっては、良い感じの有酸素運動になっただろう。