連れられて行ったピザのお店は、おしゃれだった。色いろに塗ったドラム缶をテーブル代わりにして、足の長いスツールが少しあるけど、ほとんどの人は立ち食いだ。
カジュアルと言っていた通り、ジーンズとセーターの男性がいたり、女性もウール素材のロングスカートにスニーカーなんて人もいる。私の普段着でも、そんなに浮かないみたいで、心底ホッとした。
「青柳さん、お酒は飲めます?」
「はい」
椎葉さんがドリンクメニューを取ってくれた。ザッと目を通す。種類が豊富で、しかも安い。少しテンションが上がった。
「私、ビール」
年上のお姉さんが即決した。
「私も」
「うん、私も」
あとの二人も同じ。三人の視線が私に集まる。早くしないと、いつまでも注文できなくて迷惑かけてしまう。なんにしようって考える余裕なんかない。
「じゃあ、……私も」
そう答えて半分後悔する。みんなと同じものを頼むって、個性がないって思われないだろうか。それに、同じものと言うだけなのに、のろのろ時間をかけて、きっと呆れられた。
私が悶々としているうちに椎葉さんが店員に注文を伝えている。ちょっと手を上げて店員を呼んで。すごくスマートに。私じゃ、とてもマネ出来ない。
「青柳さんは、下の名前はなんていうの?」
お姉さんに聞かれた。どうしたらいいか混乱した。名前を聞かれただけなのに口を開けずにいると、椎葉さんが代わりに答えてくれた。
「青柳美雪さんですよね。美しい雪って書くの。きれいでうらやましいです」
「椎葉ちゃんは珍しいもんね、名前」
ピアスの人が言ったけど、椎葉さんの名前を私は知らない。お姉さんが同意してうんうんとうなずいている。
「村子って名前はおそらく日本中を探しても、椎葉ちゃんだけだと思う」
村子。あまりに驚いて目が丸くなった。椎葉さんは恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべている。
「もう、それはいいから。青柳さん、こちらが九条ハルさん」
お姉さんが片手を上げて「ども」と笑いかけてくれる。
「こちらが森希美さん」
ピアスの女性は「よろしくー」と頬を赤くして挨拶した。
私は挨拶を聞いただけで、会釈すらしていない。どうしよう、今さら頭を下げても場違いかもしれない。悩んでいると、ビールがやって来た。それぞれの前に置かれた大きなグラスは、うちで使っている350ミリリットル入るグラスの1.5倍はありそうだ。ぐうっとお腹が鳴った。
「美雪ちゃん、腹減り? すぐ摘まめるもの頼もうか」
ハルさんがメニューを開いて店員さんを呼び止める。料理をいくつか注文して、グラスを取った。
「それじゃ、新しい友達、美雪ちゃんに、かんぱーい!」
突然の乾杯にも怯むことなく、椎葉さんと希美さんもグラスを取って高々と挙げる。
「ほらほら、美雪ちゃんも」
ハルさんに急かされてグラスを取ると、三人のグラスが襲い掛かるかのような勢いで私のグラスに押し当てられた。
カツンと小気味よい音、揺れる白い泡、こぼれそうになるほど波打つビール。
こんなこと、信じられない。私は初めて経験した愉快な乾杯に驚いて、動けなくなった。三人は勢いよくグイッとビールを喉に流し込んでいる。
グラスに口を付けないと変に思われるかもと危惧したときに、料理が何皿かやって来た。
「取り皿はいらないよね。各自、フォークで取り合いましょう」
希美さんがそう言って、一つの小皿に載っているフライにガツンとフォークを突き立てた。フライは五切れ。全員分ある。椎葉さんとハルさんも一切れずつ取って口に入れた。
「うーん、美味しい。青柳さん、カマンベールフライ、好きですか? このお店のはビックリするくらい美味しいですよ」
カマンベールフライ。食べたことない。またお腹が鳴って、そろそろ空腹で目が回りそうだ。フォークを取って一切れ口に入れた。
「……美味しい」
「でしょう、このお店で使っているのはイタリア産だそうなの。チーズがものすごく伸びるのよね」
椎葉さんの言葉を肯定するかのように、希美さんがチーズを伸ばしてみせた。糸みたいに細くなっても切れない強さだ。
次の料理がやって来た。紫色の細長い貝が一皿と、お団子にホワイトソースがかかったようなものが一皿。
「美雪ちゃん、カマンベールフライ、最後の一個、食べちゃって。お皿を空けてくれたら、ムール貝の殻入れに出来るから」
ハルさんがずいずいと私の方に小皿を押し付ける。三人はもうフライのお皿には目もくれず、他の料理に照準を合わせている。たしかに、貝殻を入れる容器が必要だ。急いでフライを平らげた。
ほかにも二種類来た小皿が空になる前に、希美さんのビールのグラスが空になった。
「美雪さん、ワインいけます?」
こっくりとうなずく。酔いが回ってきたからか、なんだか返事をするのが楽になった。というか、どんな返事をしても、この人たちなら受け入れてくれる。そんな気がするのだ。
「デカンタで赤ワイン、いきません?」
疑問形で言った割には、誰の返事も待たず、希美さんは注文を入れた。すぐに金魚のガラスポットの三倍くらいの大きさのガラス容器がやって来た。四人で分けるにしても、多すぎじゃないだろうか。
そう思ったのが顔に出ていたのか、椎葉さんが私の耳元にそっと口を寄せた。
「ハルさんはウワバミっていうやつで、いくらでも飲めるの」
ウワバミ。初めて聞いた言葉だ。何度かうなずいていると、ハルさんがみんなのグラスにワインを注いだ。
「誰がウワバミですって? あなたたちだって飲みだしたら止まらないでしょうが」
私のグラスにもみんなと同じ量のワインが注がれた。もう少しで溢れそうなほど、並々と。
「美雪ちゃんも飲める人よね」
ハルさんがなんでもないことのように言う。私はなにも言っていないのに。
「どうしてわかったんですか?」
ニヤリと笑ったハルさんは、なんだか迫力がある。少し怖いような気もするけど、それ以上に、楽しそうな雰囲気が、気持ちを落ち着かせてくれた。
「ビールの飲みっぷりが良かったからね。苦手なお酒はある?」
首を横に振る。お酒ならなんでも大好きだ。
「じゃあ、カクテルもおススメ。かなり本格的なのが出てくるから」
希美さんが、グイッとワインを飲み干して、デカンタを傾けている。
「私のおススメはソルティドッグだなあ。塩気がちょうどいいんだ、ここのは。椎葉ちゃんは?」
椎葉さんは私をじっくり見ている。視線を受けて居心地が悪くなった。キョロキョロ視線をさまよわせてしまう。
「ロングアイランドアイスティ、青柳さん、飲んだことあります?」
お酒の話なのにアイスティ? 不思議に思いながらも首を横に振る。
「紅茶を使ってないのに、なぜかアイスティみたいな味がする不思議なお酒なんです。おススメですよ」
なんだろう、それ。すごく面白い。飲んでみたい。
その思いが伝わったのか、ハルさんがドリンクメニューを開こうとした。そこにピザがやって来た。ホコホコ湯気がたつ、熱々だ。
「じゃ、カクテルは食後の〆ってことで」
ハルさんが一旦、メニューをテーブルの隅に置いて、取り皿を配る。希美さんがサッと手を伸ばして、一番大きな一切れを取り上げた。
「いただきまーす」
ほかの人には目もくれず、希美さんはピザを頬張る。すごい人だ、希美さんは。すごく自由だ。ぽかんと見ていると、椎葉さんが私の腕を突いた。
「早く食べないと、希美さんに全部食べられちゃいますよ。彼女、食べ物のことになると、遠慮ないから」
椎葉さんの言い様にも遠慮がない。思わずクスッと笑いが出た。椎葉さんは驚いたようで、一瞬、目を丸くした。私がなにか妙なことをしただろうか。
「青柳さんの笑顔、初めて見ました。とってもかわいい」
まさか。私がかわいいことなんかあるはずがない。きっとお世辞だ。でも、それでも嬉しい。椎葉さんは気配りが出来て、すごいな。
そんな風に感じたけど、それをどう言葉にしたらいいかわからない。戸惑っていると、椎葉さんはニコニコしながら、ピザのお皿を私の目の前に移動させてくれた。ピザを取って頬張ると、あまりの熱さに舌を火傷して、涙が出たけど楽しすぎた。
カジュアルと言っていた通り、ジーンズとセーターの男性がいたり、女性もウール素材のロングスカートにスニーカーなんて人もいる。私の普段着でも、そんなに浮かないみたいで、心底ホッとした。
「青柳さん、お酒は飲めます?」
「はい」
椎葉さんがドリンクメニューを取ってくれた。ザッと目を通す。種類が豊富で、しかも安い。少しテンションが上がった。
「私、ビール」
年上のお姉さんが即決した。
「私も」
「うん、私も」
あとの二人も同じ。三人の視線が私に集まる。早くしないと、いつまでも注文できなくて迷惑かけてしまう。なんにしようって考える余裕なんかない。
「じゃあ、……私も」
そう答えて半分後悔する。みんなと同じものを頼むって、個性がないって思われないだろうか。それに、同じものと言うだけなのに、のろのろ時間をかけて、きっと呆れられた。
私が悶々としているうちに椎葉さんが店員に注文を伝えている。ちょっと手を上げて店員を呼んで。すごくスマートに。私じゃ、とてもマネ出来ない。
「青柳さんは、下の名前はなんていうの?」
お姉さんに聞かれた。どうしたらいいか混乱した。名前を聞かれただけなのに口を開けずにいると、椎葉さんが代わりに答えてくれた。
「青柳美雪さんですよね。美しい雪って書くの。きれいでうらやましいです」
「椎葉ちゃんは珍しいもんね、名前」
ピアスの人が言ったけど、椎葉さんの名前を私は知らない。お姉さんが同意してうんうんとうなずいている。
「村子って名前はおそらく日本中を探しても、椎葉ちゃんだけだと思う」
村子。あまりに驚いて目が丸くなった。椎葉さんは恥ずかしそうに、はにかんだ笑みを浮かべている。
「もう、それはいいから。青柳さん、こちらが九条ハルさん」
お姉さんが片手を上げて「ども」と笑いかけてくれる。
「こちらが森希美さん」
ピアスの女性は「よろしくー」と頬を赤くして挨拶した。
私は挨拶を聞いただけで、会釈すらしていない。どうしよう、今さら頭を下げても場違いかもしれない。悩んでいると、ビールがやって来た。それぞれの前に置かれた大きなグラスは、うちで使っている350ミリリットル入るグラスの1.5倍はありそうだ。ぐうっとお腹が鳴った。
「美雪ちゃん、腹減り? すぐ摘まめるもの頼もうか」
ハルさんがメニューを開いて店員さんを呼び止める。料理をいくつか注文して、グラスを取った。
「それじゃ、新しい友達、美雪ちゃんに、かんぱーい!」
突然の乾杯にも怯むことなく、椎葉さんと希美さんもグラスを取って高々と挙げる。
「ほらほら、美雪ちゃんも」
ハルさんに急かされてグラスを取ると、三人のグラスが襲い掛かるかのような勢いで私のグラスに押し当てられた。
カツンと小気味よい音、揺れる白い泡、こぼれそうになるほど波打つビール。
こんなこと、信じられない。私は初めて経験した愉快な乾杯に驚いて、動けなくなった。三人は勢いよくグイッとビールを喉に流し込んでいる。
グラスに口を付けないと変に思われるかもと危惧したときに、料理が何皿かやって来た。
「取り皿はいらないよね。各自、フォークで取り合いましょう」
希美さんがそう言って、一つの小皿に載っているフライにガツンとフォークを突き立てた。フライは五切れ。全員分ある。椎葉さんとハルさんも一切れずつ取って口に入れた。
「うーん、美味しい。青柳さん、カマンベールフライ、好きですか? このお店のはビックリするくらい美味しいですよ」
カマンベールフライ。食べたことない。またお腹が鳴って、そろそろ空腹で目が回りそうだ。フォークを取って一切れ口に入れた。
「……美味しい」
「でしょう、このお店で使っているのはイタリア産だそうなの。チーズがものすごく伸びるのよね」
椎葉さんの言葉を肯定するかのように、希美さんがチーズを伸ばしてみせた。糸みたいに細くなっても切れない強さだ。
次の料理がやって来た。紫色の細長い貝が一皿と、お団子にホワイトソースがかかったようなものが一皿。
「美雪ちゃん、カマンベールフライ、最後の一個、食べちゃって。お皿を空けてくれたら、ムール貝の殻入れに出来るから」
ハルさんがずいずいと私の方に小皿を押し付ける。三人はもうフライのお皿には目もくれず、他の料理に照準を合わせている。たしかに、貝殻を入れる容器が必要だ。急いでフライを平らげた。
ほかにも二種類来た小皿が空になる前に、希美さんのビールのグラスが空になった。
「美雪さん、ワインいけます?」
こっくりとうなずく。酔いが回ってきたからか、なんだか返事をするのが楽になった。というか、どんな返事をしても、この人たちなら受け入れてくれる。そんな気がするのだ。
「デカンタで赤ワイン、いきません?」
疑問形で言った割には、誰の返事も待たず、希美さんは注文を入れた。すぐに金魚のガラスポットの三倍くらいの大きさのガラス容器がやって来た。四人で分けるにしても、多すぎじゃないだろうか。
そう思ったのが顔に出ていたのか、椎葉さんが私の耳元にそっと口を寄せた。
「ハルさんはウワバミっていうやつで、いくらでも飲めるの」
ウワバミ。初めて聞いた言葉だ。何度かうなずいていると、ハルさんがみんなのグラスにワインを注いだ。
「誰がウワバミですって? あなたたちだって飲みだしたら止まらないでしょうが」
私のグラスにもみんなと同じ量のワインが注がれた。もう少しで溢れそうなほど、並々と。
「美雪ちゃんも飲める人よね」
ハルさんがなんでもないことのように言う。私はなにも言っていないのに。
「どうしてわかったんですか?」
ニヤリと笑ったハルさんは、なんだか迫力がある。少し怖いような気もするけど、それ以上に、楽しそうな雰囲気が、気持ちを落ち着かせてくれた。
「ビールの飲みっぷりが良かったからね。苦手なお酒はある?」
首を横に振る。お酒ならなんでも大好きだ。
「じゃあ、カクテルもおススメ。かなり本格的なのが出てくるから」
希美さんが、グイッとワインを飲み干して、デカンタを傾けている。
「私のおススメはソルティドッグだなあ。塩気がちょうどいいんだ、ここのは。椎葉ちゃんは?」
椎葉さんは私をじっくり見ている。視線を受けて居心地が悪くなった。キョロキョロ視線をさまよわせてしまう。
「ロングアイランドアイスティ、青柳さん、飲んだことあります?」
お酒の話なのにアイスティ? 不思議に思いながらも首を横に振る。
「紅茶を使ってないのに、なぜかアイスティみたいな味がする不思議なお酒なんです。おススメですよ」
なんだろう、それ。すごく面白い。飲んでみたい。
その思いが伝わったのか、ハルさんがドリンクメニューを開こうとした。そこにピザがやって来た。ホコホコ湯気がたつ、熱々だ。
「じゃ、カクテルは食後の〆ってことで」
ハルさんが一旦、メニューをテーブルの隅に置いて、取り皿を配る。希美さんがサッと手を伸ばして、一番大きな一切れを取り上げた。
「いただきまーす」
ほかの人には目もくれず、希美さんはピザを頬張る。すごい人だ、希美さんは。すごく自由だ。ぽかんと見ていると、椎葉さんが私の腕を突いた。
「早く食べないと、希美さんに全部食べられちゃいますよ。彼女、食べ物のことになると、遠慮ないから」
椎葉さんの言い様にも遠慮がない。思わずクスッと笑いが出た。椎葉さんは驚いたようで、一瞬、目を丸くした。私がなにか妙なことをしただろうか。
「青柳さんの笑顔、初めて見ました。とってもかわいい」
まさか。私がかわいいことなんかあるはずがない。きっとお世辞だ。でも、それでも嬉しい。椎葉さんは気配りが出来て、すごいな。
そんな風に感じたけど、それをどう言葉にしたらいいかわからない。戸惑っていると、椎葉さんはニコニコしながら、ピザのお皿を私の目の前に移動させてくれた。ピザを取って頬張ると、あまりの熱さに舌を火傷して、涙が出たけど楽しすぎた。