こんな不思議な彼女と初めて出逢ったのは、もう五年も前になる。

 うちは昔から、とても家族仲が良かった。毎年十二月に入ると少しずつツリーやリースで部屋中を飾りつけして、クリスマス当日にはケーキとテーブル一杯の御馳走を用意して、家族でプレゼント交換をする。
 今時珍しいくらい、必ず皆揃って行事を楽しんだ。

 けれど、五年前のちょうど今頃。せっかくの皆が揃ってのお休みの日に、私は朝から少し体調が優れなかった。
 買い出しに行くと言う皆を見送って、寒さに震えて私はベッドに潜る。扉を開けただけでわかる猛吹雪だった。

 そして、そんな悪天候による視界不良で、留守番をした私だけを残して、家族全員が交通事故で亡くなったのだ。

 その日は私へのクリスマスプレゼントを買うために、少し遠くのお店に出掛けていたのだと、後から知った。

「プレゼントなんかいらないから……帰ってきてよ……お父さん、お母さん、お姉ちゃん……」

 そうして初めて一人でクリスマスを迎えることになった年から、私の世界は大きく変わってしまった。

 わくわくが止まらなかったアドベントカレンダー、夜を照らす眩いイルミネーション、胸が弾む陽気なクリスマスソング、プレゼントのための可愛らしいラッピング、見上げる程大きなクリスマスツリー。

 街中に溢れる幸せな光景は、もう永遠に取り戻すことの出来ない温もりに満ちていて、直視できなくなった。
 どうしたって家族との幸せな時間を思い出して、ひとりぼっちの現実と、深い孤独と悲しみに耐えられず、ただ辛いだけだった。

 どこを見てもクリスマス一色の街並み。半端な飾り付けだけ残された、二度と来ない我が家のクリスマス。

 家族の思い出の詰まった家に居るのが苦しくて、何もかもから逃げ出したくて、私は雪の降り始めた外に飛び出して、近所の公園の遊具に身を潜めた。
 いっそ雪の中で凍えてしまえば、家族の元に行けるのではないかとさえ思った。
 そんな暗闇の中、私の前に彼女が現れたのだ。

「大丈夫……?」

 クリスマスソングすら届かない静寂の中響いた、可愛らしくも小さな声に、私は泣き腫らした顔を上げる。

 雪と共に舞い降りたのは、小さなお人形のような不思議な女の子。最初は、ついに天使が迎えに来てくれたのかと思った。

「あなたは……」
「イヴだよ! あなたは?」
「……、まりあ」

 彼女は雪の結晶のように繊細で透き通った羽根で周囲を飛び回り、涙が凍る程冷えきった私の頬に、小さな手で触れる。
 その仄かで確かな温もりに、再び頬が熱を帯びて、涙が止まらなくなった。

「わっ、泣かないでまりあ! 大丈夫だよ、わたしが傍に居るから」

 泣きじゃくる私が、どうやって家に帰りついたのかは覚えていない。
 けれどその夜、イヴは泣き続ける私に一晩中寄り添っていてくれた。

 枕元で丸くなって、他愛のない話をして、そのまま一緒に眠ってくれた彼女の存在に、酷く安心したのを今でも覚えている。
 そうしてしばらくの間、彼女はまるで家族のように、私の傍に居てくれたのだ。

 悲しみを溶かす、優しく温かな時間。魔法のような、奇跡のような出逢い。
 けれど数日後、クリスマスを過ぎるといつの間にか彼女は消えてしまっていて、私はまた、誰かを失う悲しみを繰り返した。

「ありがとう、イヴ……私、一人でも頑張るよ」

 長い夢か、幻だったのか。そんな諦めと夢現の狭間で、私は新たな年を迎えて、ひとりぼっちの現実を再開した。
 夢でも幻でも、もう傍に居なくても、束の間過ごした彼女との時間は、折れかけた心の支えとなった。
 もう二度と会えないであろう、クリスマスの奇跡。そんな思い出を胸に秘め、私は無理矢理にでも現実に向き合った。

「まりあー! ただいま!」
「!?」

 それなのに、彼女はまるで何事もなかったかのように、翌年も、その翌年も、この時期になると雪と共に現れ、共にクリスマスを過ごすようになったのだ。

 涙の別れだとか、感動の再会だとか、最早そんな物語めいたものはなく、ただ冬に雪が降るのと同じようにイヴと毎年会うようになって、とうとう五年目となる。

 毎年街がクリスマスめいてくるこの時期には、彼女に会えるのが当たり前となっていた。

 そして今年も、いつもの無邪気な笑顔で彼女はやって来た。
 家族も友達も居ないひとりぼっちの私にとって、温もりを思い出せるこの期間だけのささやかな幸せ。
 嫌いになりかけたクリスマスを待ち遠しくさせる、雪と共に舞い降りる奇跡。

 けれどイヴは、多くを語らない。
 正体を聞いても「イヴはイヴだよ」としか言わないから、何者なのかは結局わからないし、空は飛べるのに魔法だって使えない。

 ただ家族のように寄り添って、一緒にご飯を食べたり、何気ない話をしたり、たった数日間を共に過ごしてくれるだけ。

 それでも、今ここに居てくれる、それだけでいいのだ。それだけで、幸せだった。


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