自称天使だなんて、どう考えても胡散臭い。しかしながら、先程無事修復された資料は確かにコピー等ではなく破かれた原本だった。
万に一つの可能性を捨てきれない以上、今度はもう適当な回答は出来なかった。
『もしも、あの時、こうしておけば』
それは僕の人生に幾度も訪れた後悔だ。少しのミス、勘違い、誰かの怪我、タイミングの悪さ、忘れ物、すれ違い、食い違い、大小合わせれば何億とあるに違いない。
そんな後悔ばかりの人生で、たった一つ、たった一度きりだなんて、選べるのだろうか。
「さて、決まりました?」
「待ってくれ、そんなすぐには無理だ」
「えー。ほら、三崎円花さんにフラれないように、あの時もっとデートを盛り上げられていたら……とか」
「何で元カノの名前を知ってるんだ……というかデートの内容まで知られてるのか!?」
「ふふ、私天使なので」
「プライバシーの侵害だ……!」
改めて椅子に座り直しながら、正面の同じ顔と対峙する。これまでの後悔のどれか一つをやり直したとして、何かが一つ改善したとして、僕は目の前の男のように、笑える気がしなかった。
最後に笑ったのはいつだろう。最後にゆっくり休めたのはいつだろう。最後に楽しかったのはいつだろう。最後にご飯を美味しく感じたのは、最後に満たされたのは。
擦りきれそうな磨耗するばかりの日々で、すっかり褪せてしまった充足を想う。果たしてそれらを、取り戻せるのだろうか。
「……なあ、もしやり直し場所を決めたとして、変えた結果どうなるのかを先に知ることは出来ないのか?」
「残念ながら、それは出来ませんねぇ……何しろ『あの時』の選択肢を変えたその瞬間、その先の全てが変わるので」
「全てが……? なら、遡れば遡る程、影響が大きくなるのか」
「ええ、まあ変更内容にもよりますが、概ねその通り。遠く遡る程その先の時間が長くなるので、どうなるかは未知数です」
「そうか……」
僕は出来る限り影響の少ない近くから、人生のターニングポイントを考えることにした。
もしも、円花さんとの初デートの時に、もっとしっかりエスコート出来ていたなら?
否。たとえ初回で失敗しないよう必死に取り繕ったとして、そんなの長続きしないに決まっている。最初だけ乗り切ればいい訳ではない。
もしも、就活の時。この会社を選ばなければ、もっと平穏な生活だったか?
否。きっと僕なんかじゃ、どんな会社に就職しようと、どんな職種を選ぼうと、どの道ミスばかりで会社のお荷物になる。寧ろ、此処に受からなければ何処にも就職出来なかったかもしれない。
もしも、受験の時。もっといい大学に合格出来ていれば、未来は良いものだったか?
否。学歴が多少変わろうとも、僕という人間の本質は変わらない。行き着く先はきっと同じだろう。
もしも、子供の時。転校初日の自己紹介に失敗せずにいたら、恥じて引っ込み思案になることなく、皆と打ち解けて楽しい青春を過ごせたか?
否。最初の失敗は切っ掛けに過ぎない。その後何年も挽回のチャンスはあったんだ。それでも、僕は過去の失敗に囚われ変われないまま、中学高校と教室の隅で過ごした。
そして今も何一つ変わらずに、オフィスの隅でひたすら一人、足掻いてもがいて、先の見えない暗闇の中で溺れ続けている。
「はは……何処まで遡っても、何をやり直しても、所詮僕が変わらないんだから、意味がないよな……」
思わず自嘲しながら天井を仰ぎ見る。椅子の背凭れが軋んで、小さく音を立てた。それが静かなオフィスに響いて、すぐに消える。
「あはは……そうだよな、うん。最初からわかってたことなんだ」
「……おや、何やら吹っ切れたようですね。答えは決まりましたか?」
「ああ、決めたよ。僕は……」
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