オーブンレンジの扉を開けると、乾いた熱気と一緒にソースが焦げた香ばしい香りが鼻をくすぐった。その瞬間、アタシは勝利を確信する。
「はーい、できたよー」
両手にミトンを装着し、熱々のグラタン皿を取り出しながらアタシは声をかけた。
「……」
がしかし、ショータから反応はない。小さな音量でガガーっとかズドドッと言った感じの効果音だけが聞こえてくる。
「ショータぁ、ごはん」
「んー、コレ終わったら食うからそこ置いといて」
ショータは寝っ転がり、タブレットを手にしたまま言う。そこ、とはソファの前に置かれたちゃぶ台の上のことだ。でも学校のテキストや空のペットボトルが散らばっていて、出来立てのグラタンを置くようなスペースはない。
せめて片付けくらいして欲しいなと思いつつ、一旦お盆をコンロ横に置いた。
「今日はグラタンにしたんだよ。熱いうちに食べよ?」
「んー、後少しでキリがいいところだからそこまで待ってよ」
「でも……」
「っせーな。10分やそこらなんだから待てっての!」
少し棘ついた声。こうなると何を言っても空気は悪化するだけだ。
(熱々の方が絶対美味しいのに……)
そう思ったものの、口には出さずちゃぶ台を片付ける。ゴミはゴミ箱へ、テキスト類は重ねてデスクに。
その間も、ショータは一切アタシの方を見はしなかった。コイツの両目はずっとタブレットに釘付けだ。
(アタシ、コイツの彼女じゃなくてお母さんかな?)
ふとそう思う。ショータは決して家事をできないわけではない。さっきだってグラタン皿に、カレーソースの洗い残しがくっついていたのを見つけた。アタシはホワイトグラタンしか作らないから、あれはショータがそれなりに気合い入れて自炊している証拠でもある。
なのに、アタシがいると思いきり甘えてくるのだ。
男てのはみんなこう言うものなんだろうか? ショータは初めての彼氏だから、他の人がどうなのかはよくわからない。
アタシはグラタンとコップを2つずつと、麦茶のペットボトルをちゃぶ台に並べる。グラタンはきれいに焼き色のついた表面からバターの香りが混じった湯気を立てている。絶対今食べるのが一番美味しい。
すぐに食べなきゃいけないものを作れば、アニメよりもアタシの方を優先してくれるのでは? そんなアタシの目論見は見事に空回りしてしまった。
『艦長!出撃許可を!』
『このまま黙って見ていなんて出来ない!』
ヒロインの声がタブレットから漏れ聞こえた。ショータが今見ているアニメこそ、例の「ヴェリタス」だ。
いつの頃からか、アタシの優先度がショータの中で下がっているのを感じていた。今は、彼女が作った夜ご飯よりも、ハマっているアニメの方が大事のようだ。
アニメ、バイト先の飲み会、好きなライバーの動画、ソシャゲのピックアップガチャ。そう言ったものにアタシとショータ二人だけの時間はどんどん侵食されている。
(あそこにも、なんか物置くらしいしな……)
アタシは部屋の片隅を見た。先週まで、アタシのメイクやネイルの道具一式があった場所だ。
この部屋に泊まった日のために小さめのメイクボックスを置いていたのだけど、部屋の模様替えをするから一旦持って帰れと言われた。そこにはポカンと不自然なスペースができたけど、今のところ埋まる様子はない。
そのスペースが、ショータのアタシに対する想いを象徴しているようで、なんだか嫌だった。
だからこそのヴェリタスなんだ。
別に誕プレに限った話ではない。ショータの喜ぶことならどんな事でもやってやって、少しでもアタシの優先度を上げたかった。スペースを埋めたかった。
「アロヤ・クレイシー中尉、クイン・ヴェリタス・ディーキューブ、出撃します!」
ヒロインらしき女性声優の声。どこかで聞いたことのある名前だった気がする。なんて言った? クレイシー……?
「あっ!」
アタシはベッドに近づき、ショータが持つ画面を覗きこんだ。宇宙空間をロボットが飛んでいる。そのデザインは見覚えがある。細かいところの形を覚えているワケじゃないけど、全体のシルエットは多分昨日アタシが手にしていた箱に描かれていたものと同じだ。
「何? るな?」
怪訝そうな目つきで、ショータはアタシの方を向く。今日初めて目があった気がする。
「え?」
「急に近づいてさ、暑苦しんだけど?」
気がつけばアタシはショータに顔を近づけていた。
「い、いや、そんなに面白いならアタシも見てみようかなーとか」
「はぁ……だったら、一人の時にやってくれよ。途中から見ても、どうせわからないだろお前」
「……うん」
アタシはすごすごと引き下がり、ソファに腰掛ける。早くも湯気が消え始めたグラタンを前に、自分のスマホを取り出す。
クインシー……ヴェリタス……。
ショータの視聴が終わるまで、アタシはいま女性声優が名乗った役名を検索しながら待つことにした。
「はーい、できたよー」
両手にミトンを装着し、熱々のグラタン皿を取り出しながらアタシは声をかけた。
「……」
がしかし、ショータから反応はない。小さな音量でガガーっとかズドドッと言った感じの効果音だけが聞こえてくる。
「ショータぁ、ごはん」
「んー、コレ終わったら食うからそこ置いといて」
ショータは寝っ転がり、タブレットを手にしたまま言う。そこ、とはソファの前に置かれたちゃぶ台の上のことだ。でも学校のテキストや空のペットボトルが散らばっていて、出来立てのグラタンを置くようなスペースはない。
せめて片付けくらいして欲しいなと思いつつ、一旦お盆をコンロ横に置いた。
「今日はグラタンにしたんだよ。熱いうちに食べよ?」
「んー、後少しでキリがいいところだからそこまで待ってよ」
「でも……」
「っせーな。10分やそこらなんだから待てっての!」
少し棘ついた声。こうなると何を言っても空気は悪化するだけだ。
(熱々の方が絶対美味しいのに……)
そう思ったものの、口には出さずちゃぶ台を片付ける。ゴミはゴミ箱へ、テキスト類は重ねてデスクに。
その間も、ショータは一切アタシの方を見はしなかった。コイツの両目はずっとタブレットに釘付けだ。
(アタシ、コイツの彼女じゃなくてお母さんかな?)
ふとそう思う。ショータは決して家事をできないわけではない。さっきだってグラタン皿に、カレーソースの洗い残しがくっついていたのを見つけた。アタシはホワイトグラタンしか作らないから、あれはショータがそれなりに気合い入れて自炊している証拠でもある。
なのに、アタシがいると思いきり甘えてくるのだ。
男てのはみんなこう言うものなんだろうか? ショータは初めての彼氏だから、他の人がどうなのかはよくわからない。
アタシはグラタンとコップを2つずつと、麦茶のペットボトルをちゃぶ台に並べる。グラタンはきれいに焼き色のついた表面からバターの香りが混じった湯気を立てている。絶対今食べるのが一番美味しい。
すぐに食べなきゃいけないものを作れば、アニメよりもアタシの方を優先してくれるのでは? そんなアタシの目論見は見事に空回りしてしまった。
『艦長!出撃許可を!』
『このまま黙って見ていなんて出来ない!』
ヒロインの声がタブレットから漏れ聞こえた。ショータが今見ているアニメこそ、例の「ヴェリタス」だ。
いつの頃からか、アタシの優先度がショータの中で下がっているのを感じていた。今は、彼女が作った夜ご飯よりも、ハマっているアニメの方が大事のようだ。
アニメ、バイト先の飲み会、好きなライバーの動画、ソシャゲのピックアップガチャ。そう言ったものにアタシとショータ二人だけの時間はどんどん侵食されている。
(あそこにも、なんか物置くらしいしな……)
アタシは部屋の片隅を見た。先週まで、アタシのメイクやネイルの道具一式があった場所だ。
この部屋に泊まった日のために小さめのメイクボックスを置いていたのだけど、部屋の模様替えをするから一旦持って帰れと言われた。そこにはポカンと不自然なスペースができたけど、今のところ埋まる様子はない。
そのスペースが、ショータのアタシに対する想いを象徴しているようで、なんだか嫌だった。
だからこそのヴェリタスなんだ。
別に誕プレに限った話ではない。ショータの喜ぶことならどんな事でもやってやって、少しでもアタシの優先度を上げたかった。スペースを埋めたかった。
「アロヤ・クレイシー中尉、クイン・ヴェリタス・ディーキューブ、出撃します!」
ヒロインらしき女性声優の声。どこかで聞いたことのある名前だった気がする。なんて言った? クレイシー……?
「あっ!」
アタシはベッドに近づき、ショータが持つ画面を覗きこんだ。宇宙空間をロボットが飛んでいる。そのデザインは見覚えがある。細かいところの形を覚えているワケじゃないけど、全体のシルエットは多分昨日アタシが手にしていた箱に描かれていたものと同じだ。
「何? るな?」
怪訝そうな目つきで、ショータはアタシの方を向く。今日初めて目があった気がする。
「え?」
「急に近づいてさ、暑苦しんだけど?」
気がつけばアタシはショータに顔を近づけていた。
「い、いや、そんなに面白いならアタシも見てみようかなーとか」
「はぁ……だったら、一人の時にやってくれよ。途中から見ても、どうせわからないだろお前」
「……うん」
アタシはすごすごと引き下がり、ソファに腰掛ける。早くも湯気が消え始めたグラタンを前に、自分のスマホを取り出す。
クインシー……ヴェリタス……。
ショータの視聴が終わるまで、アタシはいま女性声優が名乗った役名を検索しながら待つことにした。