ショータの誕生日から2週間が過ぎた。
結論から言うと、アタシとショータがふたりでDxDxDを作ることはなかった。この2週間アタシたちは蓋を開けることもしなかったし、今後も未来永劫2人で開けることはないだろう。
別にショータと破局したわけではない。今日までは。
ショータの二股が原因で喧嘩をしたわけでもない。今日までは。
例え今は気持ちが離れてようと、惚れ直させるつもりでいた。今日までは。
今日まではちゃんとショータのこと好きだったし、これからもそうなんだと思っていた。アタシは今、新品同様のDxDxDの箱を持って、ショータの部屋を飛び出してきたところだ。
何があったか?
今日、アタシがショータの部屋を訪れた時、ちょうどあいつは写真を撮っているところだった。珍しくちゃぶ台の上をキレイに片付け、被写体をその上に載せ、スマホを構えていた。被写体は他ならぬ、DxDxDの箱だ。
「何してんの?」
そう尋ねたけど、アタシには何してるか簡単にわかった。アタシの思いつく限り、商品のパッケージをスマホで撮影する理由なんて2つしかない。
ひとつは購入したりプレゼントされたりした報告をSNSでやる時。そしてもうひとつはフリマサイトに出品するときだ。
前者なら2週間前、アタシがこれをプレゼントした日にやってるはずだ。そこからずーっと部屋の隅に放置していて、ほんのり埃が浮かび上がってきた頃にやるのは、まず間違いなく後者だろう。
「信じらんない!」
彼女からのプレゼントを転売する。それがどういう行為なのか、一応コイツにもうっすら認識はあったらしい。慌てて弁解らしきものを始めた。
「違うんだよ! 今なら情弱捕まえて高値で売れるからさ! それで2人で美味いもの食べに行こうぜ。」
「は……?」
この瞬間、アタシの中で何かが変わった。急激に冷めていくのがわかった。なんて事言い出すんだコイツ? アタシへの侮辱だし、あの店で仲良くなった皆への、いやもっと大勢の人に対する侮辱だ。
アタシ的には十分イケメンだと思ってたコイツの顔が、突然醜く崩れだした。
(あれ? アタシ、なんでコイツのこと好きなんだっけ?)
なんで、母親のように甲斐甲斐しく料理したり片付けしたりしてんだっけ?
なんで、二股かけてるの見て見ぬ振りして、惚れなおさせようとか頑張ってるんだっけ?
なんで一生懸命プレゼント考えて、あの模型屋に足繁く通ってたんだっけ?
本人が欲しいと言っていたものなら鉄板だと思った。2人で作れば同じ時間を共有できると思った。
グラタンやカレーを作るのなら、スーパーで見たあの子とアタシは互角だ。けど、ヴェリプラを一緒に作れるのはアタシだけ。それがものすごい武器になると、そう考えてた。
でも、違った。こういう奴なんだ。コイツは流行のど真ん中を追い続けなければ気が済まない奴なんだ。コイツにとって、2ヶ月前に配信ランキングで上位に来ていたロボットアニメなんて過去のものでしかなく、その時に欲しがっていたプラモデルは金策の手段でしかなかったわけだ。
アタシはまた、プレゼントのチョイスを間違えてたんだ。
「ショータ、情弱はアンタだよ」
「は?」
でも、間違えたからこそ見えたものがあった。
アタシはちゃぶ台に乗っかるプラモデルの箱を取り上げる。
「だってこれ、来月末には再販かかるもん。今更高値で買いたいなんて人、いるわけないじゃん」
「は? なんでお前がそんなこと……」
ショータが言い終わる前にアタシは背中を向けた。腕に箱を抱え、ハンドバックのストラップを持ち直して玄関へ向かう。
「お、おい、どこへ?」
「マジ無理になった。さよなら」
アタシはスニーカーに足を滑り込ませると、勢いよくドアを開けた。
「おい待てよ!」
追い縋ろうとしてきたので、玄関にあるコイツの靴を勢いよく蹴飛ばす。これですぐには追って来れない。
アタシはショータをから逃げ出すように、アパートの廊下を走った。
「おい!るな!!」
背後から声。けどもう知らん。たまたまパンプスじゃなくてスニーカーだったからよかった。たまたまスカートじゃなくてジャージ生地のパンツだったからよかった。アタシは全速力で走り、一年以上通い続けた部屋から脱出した。
「あっはははは!」
夜の住宅街で、爆笑しながらプラモデルを抱えて走るギャル。もし今アタシを目撃した人がいたら、何事かと思うかもしれない。
もうあの部屋に行くことはないだろう。もともと私物は持って帰らせられるか捨てられるかしている。DxDxDも転売される前にこうして救い出した。もはやあそこに戻る必要はない。未練もない。
その事実が、妙にすがすがしかった。
(そうか、こんなもんだったんだ)
ショータのことはちゃんと好きだった。それは間違いない。別れる時が来たら、悲しくて悲しくて、食事は喉を通らず、夜通し泣いて……。そんな日が一週間くらい続くだろうなと思っていた。
でも今のアタシは驚くほど足取りが軽かった。
「さーて、どうしようかなこれから」
フリーになったんだから。独りを楽しむのも、合コンや紹介で新しい彼氏を探すのも思いのままだ。きっとミキやカレンに相談すれば、新しい出会いをプロデュースしてくれるだろう。
不意に、一人の男の顔が思い浮かんだ。長身でボサボサの髪、ぶっきらぼうで憎たらしい言動。
「いや、ないない。そうじゃなくて」
アタシは思わず出てきてしまったその考えに苦笑する。そうじゃない、アイツと恋愛するとか絶対ない。
でも……。アタシは抱えていた箱をまじまじと眺める。
「一緒に作るなら、アイツしかいないんだよなぁ」
アタシはスマホを取り出す。ショータから鬼電と鬼メッセが届いているけど、それは無視する。
画面に表示される時計は19時半を過ぎたところだった。今から電車に乗っていくことを考えると、オタクタワーに着く頃には閉店時間を回ってるだろう。
でも、きっとアイツはいる。あの作業スペースで新しいキットを作り始めてるだろう。
ボサガノのそんな姿を思い浮かべながら、アタシは駅に向かって歩き出した。
-完-
結論から言うと、アタシとショータがふたりでDxDxDを作ることはなかった。この2週間アタシたちは蓋を開けることもしなかったし、今後も未来永劫2人で開けることはないだろう。
別にショータと破局したわけではない。今日までは。
ショータの二股が原因で喧嘩をしたわけでもない。今日までは。
例え今は気持ちが離れてようと、惚れ直させるつもりでいた。今日までは。
今日まではちゃんとショータのこと好きだったし、これからもそうなんだと思っていた。アタシは今、新品同様のDxDxDの箱を持って、ショータの部屋を飛び出してきたところだ。
何があったか?
今日、アタシがショータの部屋を訪れた時、ちょうどあいつは写真を撮っているところだった。珍しくちゃぶ台の上をキレイに片付け、被写体をその上に載せ、スマホを構えていた。被写体は他ならぬ、DxDxDの箱だ。
「何してんの?」
そう尋ねたけど、アタシには何してるか簡単にわかった。アタシの思いつく限り、商品のパッケージをスマホで撮影する理由なんて2つしかない。
ひとつは購入したりプレゼントされたりした報告をSNSでやる時。そしてもうひとつはフリマサイトに出品するときだ。
前者なら2週間前、アタシがこれをプレゼントした日にやってるはずだ。そこからずーっと部屋の隅に放置していて、ほんのり埃が浮かび上がってきた頃にやるのは、まず間違いなく後者だろう。
「信じらんない!」
彼女からのプレゼントを転売する。それがどういう行為なのか、一応コイツにもうっすら認識はあったらしい。慌てて弁解らしきものを始めた。
「違うんだよ! 今なら情弱捕まえて高値で売れるからさ! それで2人で美味いもの食べに行こうぜ。」
「は……?」
この瞬間、アタシの中で何かが変わった。急激に冷めていくのがわかった。なんて事言い出すんだコイツ? アタシへの侮辱だし、あの店で仲良くなった皆への、いやもっと大勢の人に対する侮辱だ。
アタシ的には十分イケメンだと思ってたコイツの顔が、突然醜く崩れだした。
(あれ? アタシ、なんでコイツのこと好きなんだっけ?)
なんで、母親のように甲斐甲斐しく料理したり片付けしたりしてんだっけ?
なんで、二股かけてるの見て見ぬ振りして、惚れなおさせようとか頑張ってるんだっけ?
なんで一生懸命プレゼント考えて、あの模型屋に足繁く通ってたんだっけ?
本人が欲しいと言っていたものなら鉄板だと思った。2人で作れば同じ時間を共有できると思った。
グラタンやカレーを作るのなら、スーパーで見たあの子とアタシは互角だ。けど、ヴェリプラを一緒に作れるのはアタシだけ。それがものすごい武器になると、そう考えてた。
でも、違った。こういう奴なんだ。コイツは流行のど真ん中を追い続けなければ気が済まない奴なんだ。コイツにとって、2ヶ月前に配信ランキングで上位に来ていたロボットアニメなんて過去のものでしかなく、その時に欲しがっていたプラモデルは金策の手段でしかなかったわけだ。
アタシはまた、プレゼントのチョイスを間違えてたんだ。
「ショータ、情弱はアンタだよ」
「は?」
でも、間違えたからこそ見えたものがあった。
アタシはちゃぶ台に乗っかるプラモデルの箱を取り上げる。
「だってこれ、来月末には再販かかるもん。今更高値で買いたいなんて人、いるわけないじゃん」
「は? なんでお前がそんなこと……」
ショータが言い終わる前にアタシは背中を向けた。腕に箱を抱え、ハンドバックのストラップを持ち直して玄関へ向かう。
「お、おい、どこへ?」
「マジ無理になった。さよなら」
アタシはスニーカーに足を滑り込ませると、勢いよくドアを開けた。
「おい待てよ!」
追い縋ろうとしてきたので、玄関にあるコイツの靴を勢いよく蹴飛ばす。これですぐには追って来れない。
アタシはショータをから逃げ出すように、アパートの廊下を走った。
「おい!るな!!」
背後から声。けどもう知らん。たまたまパンプスじゃなくてスニーカーだったからよかった。たまたまスカートじゃなくてジャージ生地のパンツだったからよかった。アタシは全速力で走り、一年以上通い続けた部屋から脱出した。
「あっはははは!」
夜の住宅街で、爆笑しながらプラモデルを抱えて走るギャル。もし今アタシを目撃した人がいたら、何事かと思うかもしれない。
もうあの部屋に行くことはないだろう。もともと私物は持って帰らせられるか捨てられるかしている。DxDxDも転売される前にこうして救い出した。もはやあそこに戻る必要はない。未練もない。
その事実が、妙にすがすがしかった。
(そうか、こんなもんだったんだ)
ショータのことはちゃんと好きだった。それは間違いない。別れる時が来たら、悲しくて悲しくて、食事は喉を通らず、夜通し泣いて……。そんな日が一週間くらい続くだろうなと思っていた。
でも今のアタシは驚くほど足取りが軽かった。
「さーて、どうしようかなこれから」
フリーになったんだから。独りを楽しむのも、合コンや紹介で新しい彼氏を探すのも思いのままだ。きっとミキやカレンに相談すれば、新しい出会いをプロデュースしてくれるだろう。
不意に、一人の男の顔が思い浮かんだ。長身でボサボサの髪、ぶっきらぼうで憎たらしい言動。
「いや、ないない。そうじゃなくて」
アタシは思わず出てきてしまったその考えに苦笑する。そうじゃない、アイツと恋愛するとか絶対ない。
でも……。アタシは抱えていた箱をまじまじと眺める。
「一緒に作るなら、アイツしかいないんだよなぁ」
アタシはスマホを取り出す。ショータから鬼電と鬼メッセが届いているけど、それは無視する。
画面に表示される時計は19時半を過ぎたところだった。今から電車に乗っていくことを考えると、オタクタワーに着く頃には閉店時間を回ってるだろう。
でも、きっとアイツはいる。あの作業スペースで新しいキットを作り始めてるだろう。
ボサガノのそんな姿を思い浮かべながら、アタシは駅に向かって歩き出した。
-完-