「るなちゃんの作品のウチの店から出品しようと思うんだけど、どう?」
「へっ!?」

 完成品をガラスケースに収めようとした時、店長に思いがけない提案をされた。

「出品って、もしかしてボサガノが言ってたコンテストのことですか?」
「うん。大手のホビー雑誌が主催してるヴェリタス限定のコンテスト。うちの店で出品の代行やってるんだよ」
「待って! アタシまだ2体目! プラモ歴2ヶ月そこらだよ?」

 しかも1体目は、パチ組みにほんの少し色を付けたりしただけだ。本斯的なプラモ制作は、実質この2体目が初めてと言っていい。

「いやぁ、歴は関係ないでしょ」

 たまたま居合わせた嶋さんが言う。

「この塗り凄いもん、かっこいい! 出品していいと思うよ」
「そ、そうですか……?」

 アニメの設定をガン無視して、アタシがやりたいように塗ったゼルグという名のロボット。紫のボディにアクセントとして所々を濃い目の黄色に塗っている。補色というヤツだ。真反対の色同士を組み合わせてメリハリをつける、ネイルや服のコーデでも使う色のテクニック。

「色使いもだけど、陰影の付け方も上手いよね。これ、嵯峨野くんから教わったの」
「エアブラシの使い方は俺です」

 頭の上から声。いつの間にか、ボサガノがアタシの横に立っていた。作業中はほとんどずっと椅子に座りっぱだからそこまで感じないが、こうして立ち上がると本当にデカい。

「でも、調色や塗る場所については何にも教えてないです。色使いとかコイツ感覚で理解してんですよ。……気持ち悪いことに」
「気持ち悪いって、お前そこは素直に褒めとけよ」

 アタシはボサガノの下腹部に軽くパンチを入れた。その様子を見て、嶋さんは楽しそうに笑う。

「ははっ、でもそのあたり理解してるってスゴくない?」
「別に、メイクのハイライトやシェーディングのノリでやっただけですよ」

 メイクとは突き詰めると、良い個性をどう伸ばし、悪い個性をどう目立たなくさせるかという話になってくる。
 目力が強く濃い顔の人は、頬や目の周りに血色がよく見える色をつかうと一気に美人顔になれる。
 逆に、のっぺり顔がコンプレックスなら鼻筋や頬の横を暗めにして目の周りを明るくする。これで顔に陰影が現れてメリハリができる。
 エラが張っているのを隠したいなら、顎の周りに影を作り、おでこ周りを明るくして視線を誘導すればいい。
 
 こうした色と個性の関係を、プラモデルに応用して考えてみた。
 際立たせたいと思うところ、例えば肩のごついトゲトゲや、頭の角には視線が行くように明るくし、手足の影になるようなところは微妙にトーンを落とした暗めの色でグラデーションを付ける。


「言われなきゃわからない、本当にさり気ない調色なんだけど、効果的に使ってるんだよね。るなちゃん、やっぱりセンスがあったみたいだ」

 自論が証明されたことで、店長も嬉しそうだった。アタシも、プラモデルだけでなく自分のメイクテクも褒められたみたいで、頬がにやけてしまう。

「まあ、組み立ての段階は少し難があるけどな」
「うぐっ……」

 ボサガノはそんな私の鼻をへし折る一言を放った。そうなのだ、アタシはまた頭の角を折ってしまったのだ。
 幸いなことに、店長が自分の私物の余剰パーツから、ちょうど合う形のものを分けてくれて事なきを得た。全く、どうしてプラモデルというのは、一番目立つ頭にこんな繊細なパーツを使っているんだ。

「頭部アンテナだけじゃないぞ、ヤスリがけが甘くてパーツの合わせ目が消えてないところもちらほらあるし、エッジ出しも甘くて線がよれてる」
「でも、そういうところは塗装とネイルストーンでいい感じにカバーしたから……!」

 まったくボサガノは厳しい。でもアタシは知ってる。

「そういうアンタこそ、アタシがいないと、その作品完成できなかったよね」
「ぐっ!」

 ボサボサ髪の奥の表情が悔しそうに歪んだ。アタシの作品の横には、コイツの作ったヴァリタスが並んでいる。アニメのワンシーンを再現した、最高出力で期待が虹色に変化するシーンだ。
 実際、ボサガノの作品は圧巻だった。サーフェイサーの上に金属色、更にその上に装甲の色……。そんな具合に何層にも丁寧に塗料を塗り重ね、言葉だけでは表現できないくらい綺麗な色を出していた。そしてその上から例のジェルネイルで発光を表現している。

「コレ凄いよね……。普通の塗料でもパールカラー表現とかできるけど、それと質感がぜんぜん違う」
「ネイルの材料使ってるんだっけ? UV樹脂の」
「そうです! それはアタシの入れ知恵」

 勝ち誇るようにアタシは親指をたててキメ顔を作る。

「いや、ジェルネイル使うアイデアはもともと俺のものだから、お前にはちょっとコツを教えてもらっただけだ」
「なにそれ、可愛くないなー。あのアドバイスがなかったら、アンタこの仕上げ方を諦めてたんでしょ?」
「それはまぁ、そうだけどさ……助かったとは思ってるよ」

 きまり悪そうに、ボサガノは自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと手でいじった。そういう事やるから、髪の毛がボサボサになるんだぞ、と心の中でツッコミつつ、アタシはコイツの顔がほんのりと赤くなったのを見逃さん買った。それこそチークを塗ったように。

「それだけじゃなくて、お前の陰影の付け方とかも参考にさせてもらったしな。それは本当に感謝してる」
「な、なんだよ。いきなり素直になられるのも、ちょっと怖いんだけど」

 アタシがたじろいでいると、頬を赤らめたボサガノは、いきなり踵を返してバックヤードへと引っ込んでいった。は? いや、なんだコイツ?

「これ」

 十数秒後、ボサガノは大きな紙袋を持って現れた。

「お前が三体目に作るキット持ってきた」
「は? 三体目?」

 紙袋の中を覗くと、そこにはよく知ってる絵柄の箱が見える。「Q(クイン).ヴェリタスDxDxD(ディーキューブ)」の文字が印刷された箱だ。

「これって、アタシが欲しいやつ!」
「次に作るつもりだったんだけど、お前にやるよ」
「え、アンタのものなの? でも、やるって……」
「彼氏の誕生日、もうすぐなんだろ?」
「それはそうだけど……」

 実はショータの誕生日まであと10日を切っている。結局この2ヶ月の間に、DxDxDの入荷はなかった。
 アタシも半分諦め、ショータへのプレゼントは別のヴェリタスで妥協しようとも考えていたところだった。

「実はさ、再販が決まったんだよ来月末に」
「え、そうなんですか?」

 店長の話によれば、横行する高額転売についにメーカーも対策に乗り出したのらしい。大規模な再生産が決まり、来月の終わりにはクイズなしでも店で買えるような状態まで戻るのだという。

「俺はその後にまた書い直せばいいから。でもお前は、今必要なんだろ?」
「うん、その……ありがとう!」

 アタシはボサガノに思いっきり頭を下げた。クイズで難癖をつけられたときは、本当に憎らしくて仕方なかったボサボサ髪。なのに、まさかアタシの恋の大恩人になるなんて。

 よかった。間に合った。これですぐにショータの心を取り戻せるとは思ってないけど……きっかけにはなるはずだ。アタシなら大丈夫。絶対、あいつをもう一度夢中にさせることができる。
 アタシはそう確信していた。