「でさ、新島さん」
ボサガノはアタシを苗字で呼んでいる。別にコイツにどんな名前で呼ばれようが構わないけど、アタシがこうして親しみを込めてあだ名で呼んでるのと比べると、なんかよそよそしいな、とは思う。
「なにー? 今ちょっと集中したいんだけど」
アタシはパーツな角にやすりをかけながら応じた。エッジ出しといって、金型の関係で丸みを帯びている角の部分にシャープにする作業だ。部分的にやるだけでもメリハリが効いてカッコよく見えると言うから、挑戦しているのだが案外難しい。やすりをかけたところが綺麗な直線にならず格闘している最中だった。
「今作ってるの、何色で塗るか決めた?」
「色?」
アタシは手を止め、100均のブックスタンドに広げた説明書を手に取った。
「この通りにやればいいんでないの?」
アタシが2体目として作り始めたのは、初代ヴェリタスで敵ロボットとして登場した「ゼルグ」だ。全くと言っていいほどのヴェリタス弱者なアタシでも見たことのある超有名ロボ。一般兵士が乗る緑色と主人公のライバルが乗る赤の二種類があることはなんとなく知っている。説明書の後ろに掲載された塗装例は赤く塗られていた。
「いや、まぁお前がいいならそれでいいんだけど」
「え、何その微妙な言い方?」
ボサガノの反応をいぶかしんでいるとすぐにその理由に思い至った。
「あ、もしかしてこの前アタシが見てた動画関係ある?」
「うん、まぁそういうこと」
この前アタシが見つけた女性モデラーの配信チャンネルのことだ。
プラモデルなんて男の世界だと、つい最近までアタシは思い込んでいた。けど案外、女性ファンも多いようだ。YouTubeやTikTokでは女性モデラーを名乗る配信者が、作業工程や完成品を動画で紹介している。
その中の一人が、アタシと服やメイクの趣味が似ている……要するにギャルだった。彼女の作品はいかにも「女の子の作品!!」と言った感じで、ピンク主体の塗装の上に、ストーンやビーズでゴテゴテに盛ったヴェリタスを披露していた。一時期スマホをデコるのが流行ったけど、そのヴェリタス版といった感じだ。
「アタシはちょっとああ言うんじゃないかな」
「そうなのか?」
「うん、あれはあれでカワイイと思うし、動画見てテクやべーってなったけど、自分でやりたいかっていうと別かなって」
「そういうもんかな」
「ほら、アタシって結局彼氏と一緒に作る練習としてやってるわけじゃん?」
ショータは結構王道を好む。効いてる音楽やってるゲーム、好きなチャンネル、どれも流行ど真ん中。奇をてらうことはあんまりしない。そんなショータだから、ヴェリプラも王道の作り方を選ぶだろう。そう考えていた。ならアタシもそう言う作り方をしないと、彼を手伝えなくなってしまう。
「うちの彼氏は絶対ああいうの嫌がるし」
「なるほど、な。わかった、それならいいんだ」
「うん? ……そう?」
どうしたのか? ボサガノは何かを言いたそうだった。
少しだけ問いただしてみようかな、と思った時。アタシのケータイがけたたましくアラームを鳴らした。
「おっと、もうこんな時間か」
最近、プラモ作ってると時間の進みが早く感じる。
「今日はその彼氏の家だっけか?」
「うん、今日は彼氏のバイトない日だから、夕飯作ってあげ……っと」
ショータから、ラインのメッセージが入っていたことに気づいた。
「あっちゃー、今のナシ」
「は?」
「彼、やっぱバイトみたい」
ショータからは「急遽ヘルプに入ってくれとたのまれた、悪いけどまた今度」という手短な文章と、漫画キャラが頭を下げているスタンプが送られていた。
「そうか、じゃあ今日はもう少しやっていくか?」
「んー、集中途切れちゃったしお腹も空いたから、今日は帰るよ」
「ふーん。じゃあ、おつかれ」
ボサガノはいつものそっけない挨拶をしたあと、自分の作業に戻った。コイツは腹減らないのか? と思いながら、アタシは工具を所定位置に戻し、作りかけの作品をロッカーに預けた。
(スーパー寄って、自分お家で料理するかな)
オタクタワーのエレベーターを降りて、今夜の行動プランを考える。朝から頭を料理するモードにしていたので、外食やテイクアウトの気分でもない。
せっかくだしアタシのアパート近くのスーパーじゃなくて、この近くにある大きいところに行ってみようか。何か面白いもの売ってるかも知れない。
そんな軽い気持ちで、アタシはオタクタワーと駅のちょうど真ん中あたりにあるスーパーに入ったのだ。
「え」
そして目撃してしまう。精肉コーナーの近くを歩いている人組の男女を。
女の方は知らない。少しウェーブがかった黒髪。ナチュラルカラーのキャミワンピにカットソー。アタシとは真逆のガーリーなコーデ。買い物カゴには、何を作るか一目瞭然のジャガイモ、にんじん、玉ねぎ。そして今そこに追加された豚バラパック。
男の方は……遠目でも間違えるはずがない。ショータだ。
ボサガノはアタシを苗字で呼んでいる。別にコイツにどんな名前で呼ばれようが構わないけど、アタシがこうして親しみを込めてあだ名で呼んでるのと比べると、なんかよそよそしいな、とは思う。
「なにー? 今ちょっと集中したいんだけど」
アタシはパーツな角にやすりをかけながら応じた。エッジ出しといって、金型の関係で丸みを帯びている角の部分にシャープにする作業だ。部分的にやるだけでもメリハリが効いてカッコよく見えると言うから、挑戦しているのだが案外難しい。やすりをかけたところが綺麗な直線にならず格闘している最中だった。
「今作ってるの、何色で塗るか決めた?」
「色?」
アタシは手を止め、100均のブックスタンドに広げた説明書を手に取った。
「この通りにやればいいんでないの?」
アタシが2体目として作り始めたのは、初代ヴェリタスで敵ロボットとして登場した「ゼルグ」だ。全くと言っていいほどのヴェリタス弱者なアタシでも見たことのある超有名ロボ。一般兵士が乗る緑色と主人公のライバルが乗る赤の二種類があることはなんとなく知っている。説明書の後ろに掲載された塗装例は赤く塗られていた。
「いや、まぁお前がいいならそれでいいんだけど」
「え、何その微妙な言い方?」
ボサガノの反応をいぶかしんでいるとすぐにその理由に思い至った。
「あ、もしかしてこの前アタシが見てた動画関係ある?」
「うん、まぁそういうこと」
この前アタシが見つけた女性モデラーの配信チャンネルのことだ。
プラモデルなんて男の世界だと、つい最近までアタシは思い込んでいた。けど案外、女性ファンも多いようだ。YouTubeやTikTokでは女性モデラーを名乗る配信者が、作業工程や完成品を動画で紹介している。
その中の一人が、アタシと服やメイクの趣味が似ている……要するにギャルだった。彼女の作品はいかにも「女の子の作品!!」と言った感じで、ピンク主体の塗装の上に、ストーンやビーズでゴテゴテに盛ったヴェリタスを披露していた。一時期スマホをデコるのが流行ったけど、そのヴェリタス版といった感じだ。
「アタシはちょっとああ言うんじゃないかな」
「そうなのか?」
「うん、あれはあれでカワイイと思うし、動画見てテクやべーってなったけど、自分でやりたいかっていうと別かなって」
「そういうもんかな」
「ほら、アタシって結局彼氏と一緒に作る練習としてやってるわけじゃん?」
ショータは結構王道を好む。効いてる音楽やってるゲーム、好きなチャンネル、どれも流行ど真ん中。奇をてらうことはあんまりしない。そんなショータだから、ヴェリプラも王道の作り方を選ぶだろう。そう考えていた。ならアタシもそう言う作り方をしないと、彼を手伝えなくなってしまう。
「うちの彼氏は絶対ああいうの嫌がるし」
「なるほど、な。わかった、それならいいんだ」
「うん? ……そう?」
どうしたのか? ボサガノは何かを言いたそうだった。
少しだけ問いただしてみようかな、と思った時。アタシのケータイがけたたましくアラームを鳴らした。
「おっと、もうこんな時間か」
最近、プラモ作ってると時間の進みが早く感じる。
「今日はその彼氏の家だっけか?」
「うん、今日は彼氏のバイトない日だから、夕飯作ってあげ……っと」
ショータから、ラインのメッセージが入っていたことに気づいた。
「あっちゃー、今のナシ」
「は?」
「彼、やっぱバイトみたい」
ショータからは「急遽ヘルプに入ってくれとたのまれた、悪いけどまた今度」という手短な文章と、漫画キャラが頭を下げているスタンプが送られていた。
「そうか、じゃあ今日はもう少しやっていくか?」
「んー、集中途切れちゃったしお腹も空いたから、今日は帰るよ」
「ふーん。じゃあ、おつかれ」
ボサガノはいつものそっけない挨拶をしたあと、自分の作業に戻った。コイツは腹減らないのか? と思いながら、アタシは工具を所定位置に戻し、作りかけの作品をロッカーに預けた。
(スーパー寄って、自分お家で料理するかな)
オタクタワーのエレベーターを降りて、今夜の行動プランを考える。朝から頭を料理するモードにしていたので、外食やテイクアウトの気分でもない。
せっかくだしアタシのアパート近くのスーパーじゃなくて、この近くにある大きいところに行ってみようか。何か面白いもの売ってるかも知れない。
そんな軽い気持ちで、アタシはオタクタワーと駅のちょうど真ん中あたりにあるスーパーに入ったのだ。
「え」
そして目撃してしまう。精肉コーナーの近くを歩いている人組の男女を。
女の方は知らない。少しウェーブがかった黒髪。ナチュラルカラーのキャミワンピにカットソー。アタシとは真逆のガーリーなコーデ。買い物カゴには、何を作るか一目瞭然のジャガイモ、にんじん、玉ねぎ。そして今そこに追加された豚バラパック。
男の方は……遠目でも間違えるはずがない。ショータだ。