他に人がいないトイレ前では、怯えた表情の佳奈を、腰に手を当てた夏希が睨んでいた。
「椎名先輩の邪魔する気はなかったんです。私はただ源先輩に、気持ちだけ伝えておこうって思って……」
 消えそうな声の佳奈を、夏希は表情を変えずに責める。
「あのね、源くん、ぱっと見はぶっきらぼうだけど、ほんとは親切で優しくて。あんたみたいなお子様と関わって、ロリコン疑惑を掛けられていい人じゃあないの。わかった? ってかわかって。そんでもって、もう源くんと関わるのやめて。半径十m以内に近寄らないで」
 泣きそうになる佳奈。そこに恭介が現れる。
「なんか切羽詰まった話をしてるよな。俺も混ぜてくれ」
 冷めた思いの恭介は、重厚感たっぷりに二人の会話に割り込んだ。
「源くん」
「先輩……」
 二人は歩みを止めた恭介のほうを振り向く。
「椎名さん、言い方きつすぎんじゃない? その子、なんかしたの?」
「いや、その……」恭介に詰め寄られた夏希は目が泳いでいた。
「話は聞こえたよ。椎名さん俺の事好きなんだよね。でも俺、何にも悪い事してない子をそこまでぼろくそ言う人とは関わりたくないよ」
 俺も人の事は言えないんだけど、と心の中で呟く。
「その子と話あるから、椎名さんちょっとよそ行っててくれる?」
 無言で聞いていた夏希だったが、とぼとぼと歩き去っていった。
 夏希には目をやらず、恭介は暖かい気持ちで佳奈を見続けていた。
「手紙読んだよ。ほんとごめんな。俺のために色々してくれてたのに、別の子の恋愛相談持ちかけたりして。俺が好きだったのさっきの椎名さんなんだよ」
「……実は知ってました。よく源先輩の話してますから」
 言い終わると同時に俯く佳奈を、恭介は真剣な顔で見つめる。
「君にお願いがあってな。非常に大事な事だから、しっかり聞いてほしい」
 佳奈は顔を上げ、「なんですか?」と不思議げに問う。
 恭介は視線をそらし、指で顔を掻きながら続ける。
「まあ、あれだな。どうにも恥ずかしいんだけど。あの時の君風に言うとだな『これから俺と一緒にいてくれませんか』ってとこかな」
「……先輩。ありがとうございます。とても、とっても嬉しいです。もう私、涙が……」
 佳奈は、顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「でも椎名先輩にあんな事言ったらクラスで……」
 恭介は晴れやかな様子で口を開いた。
「ちょっと面倒な事になるかもな。でもどうでもいいよ」
 逃げる気はなかった。それが佳奈の前で夏希の事を相談し、暴言で佳奈の思いを踏みにじった罰であり、同じように苦しみを味わってこそ恋人関係だと思うから。
 嬉し泣きの佳奈を見つめ続ける恭介は、自分の中に強い感情が満ちるのを感じていた。この子のためなら何でもできる。甘くも激しいその感情は恭介に無敵感を与えていた。