「中学の時に私、美化委員に入ってて、そのとき先輩が委員長で。すっごい優しく丁寧に仕事を教えてくれたり、居残りまでしてフォローしてくれたりしたじゃないですか。それで私、『この人だ!』ってビビッときて。背中にピカッと電気が走って。で、先輩を好きになったんですよ。でもあっさり断られちゃったんですけどね。うまくいかないもんですよねー」
「……ごめん、覚えてないわ。人生の思い通りにいかなさについては同意だけどさ」
 佳奈がテンションの高い一方で、恭介はフラットな心境だった。佳奈は、恭介とは微妙に距離を開けて歩いていた。歩き始めの距離感を律儀に守っているようだった。
(気を利かせられるんだな。いい子ではある)と恭介は納得していた。
「ほら先輩、明るく明るく。人間、元気が一番。暗くしてたって、なーんにもいい事ないですよ?」
「……ああ、わかった。ポジティブにいくわ」
 ぽつりと恭介が答え、二人はしばらく無言で歩き続けた。
 信号で立ち止まった時、佳奈がおずおずと沈黙を破った。
「先輩、中学の時は部活と委員会、両方してましたよね? すごいなって思ってたんですけど、高校は委員会入ろうとか思わなかったんですか? いや。強制してるわけじゃあないんですよ。ただ単に何でかなぁって思って」
「高校は部活一本でいこうと思ったんだよ。迷いはしたんけどさ。委員会も得るものは多いしな」
「そうなんですかー。委員会も大変ですもんねー。私もやったからわかります」
 合点のいったような調子の佳奈の返答の後、再び会話は途切れた。数歩進むと、唐突に佳奈はぱんっと手を叩いた。
「いい事思いつきました! 先輩、部活の試合って近いうちにありますか? 私、見に行きたい! 先輩のサッカーしてるとこ、ぜひとも見たいです!」
「……ああうん、ずいぶんグイグイ来るな。明日ちょうど練習試合あるわ。来たけりゃあ来たらいいよ。でも目立たないように頼む」
 恭介の静かな懇願を受けて、佳奈はふふんといった感じの澄まし顔になった。
「了解です。先輩のためなら、たとえ火の中水の中。ネタバレしちゃうようなヘマは、絶対に犯しません!」
「……なんかいちいち言い回しが面白いよな」
 思わず呟いた恭介は、おもむろに周りを見渡した。
「そろそろ目撃される危険があんな。もうちょい離れて歩いてくれる?」
(ミスった。ドライな感じになっちまった)
 恭介は瞬時に後悔をした。
「了解です。つかず離れず、心地よい距離感で先輩についていきます」
 楽しげなひそひそ声で返事が来たかと思うと、佳奈はすうっと後ろに下がった。
(……本当に何なんだ。行動原理が理解できん)
 学校へと歩を進める恭介は、一人深く考え込んでいた。