「源先輩。私、中学の時からずっと、ずーっと好きでした」
 女子は恋愛大好き。
 その日恭介の靴箱には、丸い字で「昼休みに校舎裏に来てくれませんか」と書いた手紙が入っていた。従った結果、切羽詰まった調子で告白をされた。
 女の子は片手を胸に当てつつ潤んだ瞳で恭介を見上げている。
 身長は一五〇センチ程で、中学生でも通りそうである。顔は小さくて丸く、胸の高さまでの茶色がかった髪は繊細。目鼻立ちは整ってはいるが幼げな雰囲気だった。
 恭介が答に窮していると、女の子はそろそろと口を開いた。
「突然でびっくりさせちゃいましたよね。私、一年四組の森本佳奈(もりもとかな)です。変な事を訊いちゃいますけど。あの、その……。彼女、とかいるんですか? って私、なんて事を訊いて……」
 高い声音で言い切ると佳奈の顔が赤くなる。
(こんな事かなとは思ってたよ)
 まっすぐに見つめてくる佳奈に平静に告げる。
「ありがとう。気持ちは嬉しいよ。彼女は、いない──んだけど」
 思いやりを込めた言葉を掛けた恭介はぽつぽつと説明を始める。
「今のクラスでこの一ヶ月ずっと、話しかけてきてくれる子がいてさ。その子はなんつうか、優しくて自分をしっかり持ってて。はっきり言っちゃうと、その子が好きなわけ。だから君の告白は受けられない。諦めてくれ」
 真摯さを意識して断言すると、佳奈はおずおずと口を開いた。慎ましげな上目遣いだった。
「好きな人がいるか。そりゃあ楽しいですよね。その人とどんなお話するんですか?」
「勉強の話が多いかな。自分から喋りかけたりはしないけどな。女子とあんま関わりを持たなかったから、要領がわかんなくてな」
 あっさりと答えると佳奈は口を引き結び、決意したような表情になる。
「もしよかったらですけど。これから私とお話しながら登校しませんか?」
 小さくはあるが気持ちの籠もった声に恭介はぽかんとなる。
「話す練習ってわけ? 意味あんの? 一応訊いておくけど、それやったら俺とどうにかなれるとか思ってないよね? それはないよ。俺はロリコンじゃないし」
 オブラートに包んで答えると、佳奈は一瞬苦い顔をした。しかしすぐに意欲に満ちた表情を取り戻す。
「大丈夫です。わかってます。わかっててお願いしてるんです!」
「いやいや、よーく考えろよ? 俺、君の事は好きじゃないんだぜ? それでいいのか? 自分を安売りしちゃあ駄目だよ。君、純粋で真面目でいい子っぽいからさ」
「お褒めの言葉に真剣な忠告、ありがとうございます。感動です、やっぱり先輩は素敵です。私が好きになった人です。でもいいんです。隅から隅まで納得してます。お願いします、先輩。一種のボランティアだと思って、軽ーい気持ちで。ね?」
 佳奈は真剣な瞳で食い下がる。恭介は、(何が君をそこまで駆り立てる?)とたじろいでいた。
 佳奈は強い眼差しを向けて続けている。数秒後、恭介はふぅっと息を吐いた。
「君の提案を受けよう。これからよろしく。でも悪いけど、君んちに行きはしないよ。朝は忙しいからさ」
 穏やかに返事をすると、佳奈は両手を胸の前で合わせた。
「やったぁ、ほんとですか。ありがとうございます! 感謝感激雨あられです! それじゃあ明日から、私が朝に先輩の家に行きます。何時に伺えばいいですか? 五時でも六時でも前泊でも大丈夫ですよ?」
 表情をぱあっと明るくした佳奈は、興奮した調子で喚いた。
「前泊は勘弁してくれ。年下の女の子にそんな真似をさせたのが広まったら、俺の学校生活はジ・エンド。文字通りの終焉を迎える」
 神妙に返すと、「終焉……。なんとも重々しい響きですね」と、佳奈は深刻な雰囲気で呟いた。
「六時半ぐらいかな。でも無理はしないでくれ。体調が悪けりゃ休んでいいし、辞めたくなったら辞めていい」
 恭介が落ち着いた心境で告げた。
 すると、「わかりました。じゃあまた明日! また会う日まで!」と、るんるんの佳奈は恭介に背を向けた。
 小走りをする佳奈の華奢な背中を見つつ、(カップル(仮)ってか。……おかしな事を始めちまったよな。本当に女子はよくわからん)と、首を捻るような思いだった。