「仁科くん休みになっちゃったんだよね」
「はい?」
「だからごめん関くん、今日出れないかなぁ」



あいつが死んだ「らしい」というニュースが放送される前日のことだ。

その日は楽しみにしていたゲームソフトの新作発売日で、俺は意図的にバイトを入れていなかった。学校終わったら速攻家に帰ってゲームをしようと決めてこの数週間を生きぬいてきたのだ。

そのこともあって、帰り道聴いていた音楽を遮ってかかって来たその電話に、俺は絶望した。

出なきゃよかった。そう思った時にはもう遅い。


「はあ、わかりました」


適当な理由で断る術を持っていない俺の口から出たのは、それだった。


「ありがとう助かるよ。十八時からお願いしてもいいかな」
「はあ、わかりました」


はあ、わかりました。店長からのお願いごとにそれ以外の返事をしたことがないような気がする。

やる気はないが最低限の仕事ができて、サボらないし融通が利く。そんな俺は、バイト先にとってかなり都合が良いのだと思う。

ゲームを諦め、当欠した仁科の代わりにしぶしぶ出勤したその夜、仁科から店長に「辞めます」と連絡がいったらしい。


そして翌日───彼がいなくなったという全国ニュースが放映される、という綺麗すぎる流れだった。



死んでるのか生きてるのかもわからない、その仁科翼という男はバイト先の先輩であり、それ以前に、中学の同級生でもあった。

友達と呼べるほど親しくなかった。むしろ俺は、誰にでも平等に優しくて、きっといろんなことに恵まれてきたであろう仁科のことが苦手で───いや、嫌いだった。


中学時代、仁科と俺は一度も同じクラスになったことがなかったが、関わったこともないくせに俺は仁科のことがとても苦手だった。
奴がまとう、無駄にキラキラして爽やかな雰囲気が鬱陶しかった。


まわりにはいつも人が集まっていて、勉強も運動もできる人気者。
廊下ですれ違う時は、仁科と目を合わせないように意図的に視線を外していた。

くだらない承認欲求で生きる俺を「関ってつまんない生き方してるんだね」と嘲笑されているような気がして、怖かった。



中学一年生の時、五つ上の兄が引きこもりになった。兄とはもともと仲が良くなかったので、彼が家に籠るようになった理由を俺は詳しく知らない。


真面目なわりに、要領が悪い人だったから、きっとそういうところに引き金があったのだと思うが、背景を想像できるようになったのは高校生になってからだ。

俺は兄のことが嫌いになっていた。高卒で仕事に就いて半年もしないうちに辞めて実家に引きこもるってなんなんだお前がしっかりしないとだめだろ。真面目なことしか取り柄がないくせに。


決してそんな偉そうなこと言える立場じゃないのに、兄を見ているとどうにも不安で焦りが募り、怒りが湧き上がるのだった。


二年生になった頃には、父親が家を出て行った。理由はゴミみたいなことだったので今更思い出したくもないが、父親がいなくなってから母は仕事に追われるようになり、家にあまり帰らなくなった。

いつしかひとりの時間が当たり前になった。

冷めたご飯は味がしなかったし、家にいるはずなのに気配がしない兄は不気味で気持ち悪かった。


いつからか、「ただいま」と言うのをやめた。返事がないのに帰宅したことを伝えても虚しいだけと気づいたからだ。

引きこもりの兄も、帰ってこない母にもむかついて、毎日がつまらなく、鬱陶しかった。




ある日、思いたってお小遣いでピアッサーを買い、ビビりながら俺はひとりでピアスを開けた。

何故そんなことをしたのかというと、単純にかっこいいと思ったから───なんていうのは建前に過ぎなくて、実際のところは、なんでもいいから俺のことをちゃんと見ていて欲しかったのだと思う。


ピアッサーの大きな音がリビングに響いても、兄は部屋から出てこなかった。


翌日、学校では当然のごとく先生にはこっぴどく叱られ、反省文を三枚書かされた。
母には電話がいったらしく、「犯罪だけはしないでね」とだけ言われた。関心に値しないたったそれだけの言葉にすら、俺は嬉しさを感じていた。


先生にはそれ以降目をつけられたが、家族よりも俺を見てくれている気がして、俺は安心感を覚えてるようになった。



それからの俺はというと、授業をサボって当時仲良くしていた友達と制服のままゲーセンに行ったり、夜中に学校に忍び混んで肝試しをして、警察に補導されたこともあった。

まわりと違うことをすると人の視線が集まって、俺を認識してくれることを知った。

迷惑をかければかけるだけ、生きてることを実感できる。そんな承認欲求で生きる俺はとにかく未熟でダサかったけれど、そんな自分でいる以外に、孤独を埋める方法が見つからなかった。



三年生になっても、俺は変わらなかった。勢いで開けたピアスホールは、面倒くさがってケアをちゃんとしないせいで菌が入って何度も膿んだけれど、市販の薬を塗って、雑に絆創膏で覆ってやり過ごしているうちに、いつのまにか安定した。

そうやって、時間とともに俺は世界にも俺自身にも馴染んでいく。


関わったことのない人間を毛嫌いして過ごす日々もだんだんあたりまえとなり、そうしているうちに卒業式を迎えた。



「いつの間にか」とか「だんだん」とか「気づいたら」とか、そういう言葉に隠れて、俺は自分から逃げている。


「いつの間にか」、そういう生き方しかできなくなっていた。