「最近どう?」
「あーもうね、全然最悪」
「全然最悪なんだ。おもろ」
「あたし今月の恋愛運、星五個だったはずなのに全く当たってないし。なにが『好きな人と急接近するでしょう♡』だよ。神も仏もいないんだわ。つか神とかどんだけ偉い人なわけ? 人の人生勝手に決めんなぼけ、あほ、ばかやろう。末裔まで呪ってやる」
「神に末裔とかねーから。近年まれに見る荒れ具合じゃん、おもろ」
「何もおもろくねーよはげ」
「は? 眼科行けよお前。どこ見てもふさふさだろうが」
「うるさい黙れ」
隣を歩く男に向かってチッと舌打ちをすると、軽く笑われる。ぼけとかあほとか黙れとか。そんな野蛮な言葉、絢莉やユウナの前じゃ絶対言わないのに、この男と話しているとつい口走ってしまう。
悔しいことに、この時間があたしはいちばん素でいられるから、なのだと思う。
「つーか」と男が口を開く。彼の名前はシロ。本名は知らない。
「神様呪うくらいなら、いい加減好きって言えば?」
まるで他人事のようにそう言ったシロに睨みを利かせる。なんでこんな自分本位なやつと仲良くなったんだろう、なんて考えたところで答えはすでにわかりきっている。
仲良くなったのは、あたしとシロが“同じ”だからだ。
「シロみたいに、皆が皆オープンになれるわけじゃないんです」
「まあ、生きづらい世の中だなとは思うけどさ」
「あたしにとっては普通のふりして友達のまま生きてくほうが楽なの。下手に好きとか言ってさぁ、拒絶されたら生きてけないじゃん。そんなん、死んだほうがマシだよ」
「そりゃ重い愛だな」
あたしにとっては現状維持が最善。少しも変化は欲しくない。
「あたしは、絢莉が幸せならそれでいいんだ」
シロはそれ以上何も言わなかった。少しの沈黙が続いたあと、「昼飯何食う?」といつものトーンで言われたので、「シロの奢りならなんでもいいよ」といつものトーンで答えた。
絢莉に───同性の幼馴染に対して、友情以上の感情が芽生え始めたのはいつのことだったのだろう。
今はもう思い出せないくらい昔のことだが、同時に自分が〝いじょう〟であると気づいたのもその頃のことであった。
自分が抱いている感情が恋だと気付いたところで、あたしと絢莉の気持ちが同じ温度で交わることは決してない。
大丈夫だ、あたしはちゃんとわかっている。そばにいるだけで良い。同性の友達として彼女の隣にいるという選択肢しか、あたしにはなかった。
ボーイズラブもガールズラブも、流行ってきているけれど、理解が進んでいるわけじゃない。コンテンツとして楽しむのと、当事者になるのとじゃ訳が違うのだ。
実際あたしは、SNSで『同性愛はファンタジーとして楽しむくらいがちょうどいい』とかいうふざけた呟きを見かけたことがあるし、クラスメイトが『BLと百合は苦手』と言っているのも聞いたことがある。本当、世の中都合がよすぎて反吐が出る。
シロとは、SNSアカウントを通じて知り合った。今時そんなに珍しい話じゃない。
高校一年生の時、興味本位でつくったアカウント。女の子を好きになるあたしと、男の子を好きになるシロは、リプライやDMを通じて話しているうちに、歳が近くて、たまたま住んでいる県が同じであることを知り、流れるままに会うことになった。
顔も本名も知らない人に会うことに対して最初は抵抗もあったけれど、それよりも、自分と同じ立場にいる人が存在することをこの目で確かめてみたかった。
音楽の趣味が同じで、嫌いな食べ物も同じだった。共通点が多ければ多いほど、人は仲良くなっていく。互いに〝ふつう〟じゃないあたしたちは、そうして友達になった。
月に数回会う関係。シロとモモでいる時間は、思いのほか居心地がよかった。
今日は、「見たい映画があるけどあんま有名じゃないやつだから誘う奴いない」というシロに誘われて映画を見に行くことになっていた。あたしは全然興味がなかったけれど、シロにはいつも話を聞いてもらっているので、付き合うことにした。
それで、今。映画を見終えたあたしたちは、肩を並べて歩いていた。ずるずると鼻水を啜るシロにティッシュを差し出しながらあたしは「ねえ」と話しかける。
「好きな子が中学時代気にかけてた男が行方不明で自殺したかもしんないんだけど、それ知ってから好きな子は最近ちょっと前と違くて、なんかあたしのいるところから遠のいていく気がするの。あたしを置いてどんどん前に進んでいく感じ。なんでなんだろう」
「いやまず映画の感想言わせろよ。こんなに泣いてる男が隣にいんのに堂々と無視すんな」
「あ、ごめん」
「つかなんだよその水平思考クイズ。むずすぎんだろもっと簡単なやつにしろよ」
「ごめんて。映画見てたらなんか思い出しちゃって」
地元の小さい映画感でしか上映されないような規模のそれは、自殺願望のある男と余命数年の女が死ぬ前にふたりで最期の旅に出る、という内容の映画だった。本当の自分を開放して、しがらみを壊していく。物語は確かに面白かったし、感動した。小規模な映画感じゃなくて、もっと大きな場所で上映しでほしいと思えるくらいだ。
けれどそれらを差し置いて、ヒロイン役の女優の雰囲気がなんとなく絢莉に似ている気がして、おまけに自殺願望がある男がヒーローなものだから、ご丁寧に仁科くんのことまで思い出してしまったというわけだ。
「思い出したってなに。そのニュースを?」
「や、ニュースってよりはあたしの好きな子がその男を気にかけてたっていうあたしの失恋エピのほう」
「しっかり切ないやつじゃねえかよ」
「泣いていいよ」
行方不明になった同級生はなんでもそつなくこなす完璧人間で、誰にでも平等に優しくて、顔も整っているような人だった。
あたしは彼に関する客観的情報以外はあまり知らなかったけれど、絢莉が好意を寄せていることだけは何となく知っていた。
好きだから、見ていればわかるものだ。視線の先で、好きな人はいつも、あたしじゃない人を追いかけていた。
「……まあ、大したことない話だけど」
「でもモモにとっては大したことだったんだろ。過去の話くらい、もっと自分本位で話せば?」
『でも、永田さんにとっては大したことだったでしょ?』
シロの言葉に重なったそれ。いつ忘れたのかも覚えていない記憶のくせに、仁科翼ってそういえばこんな喋り方する人だったなあと、声色まで悔しいほど鮮明に脳内で再生された。