「なるほど、事情は分かった」

 長話になるだろうと、途中ギルスは紅茶を入れてくれた。

 話を聞き終わるとすっかり冷めてしまったミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶を一口飲んで言う。

 ムツヤ達は裏ダンジョンの事、キエーウがそこで手に入る裏の道具を狙っていること全てを話した。

「到底信じられない話だが、論より証拠ってか。本物の魔剣や見たこともない魔道具を見せられたら信じるしかないわな」

「そこでだ、お前にはこの裏の道具の研究を頼みたい」

 アシノの言葉にギルスは首を横に振る。

「お断りだ、俺はただの武器屋の店主。研究なんてバカバカしくて出来っこないね」

「もー! なんでよー!」

 ルーはむくれて地団駄を踏む。次に話し始めたのは意外にもモモだった。

「ギルス、頼む。キエーウは裏の道具を使って亜人を殺そうとしている」

 真面目にそう言われるとギルスも腕を組んで少し唸ってしまう。そして唐突に口を開く。

「それじゃあ…… 俺の昔話もちょっとして良いか?」

「俺が昔、王都で研究員をしていた事は知っているかな?」

「はい、アシノさんから聞きました」

 ムツヤは相づちを打つ、片目を開けてギルスはムツヤを見るとそのまま上を向いて話を続ける。

「死ぬほど勉強してやっと入った研究員だったが、現実は俺の理想とは全く違うものだった」

「俺はただ、純粋に道具の研究がしたいだけだったが、現実は馬鹿な派閥争いに、足の引っ張り合いだらけだった」

 濃いめのミルクティーを飲んでギルスは続けた。

「自由に研究をするためには成果を上げなくてはならない。だから俺はそこでも必死に研究をした」

 皆が真剣に話を聞く。ムツヤも何のことだか分からないが必死に理解しようとしている。

「そんな中、俺はある1つの道具についての論文を書いたんだ『火の魔石と氷の魔石を混在させて使う研究』ってやつだ」

 それを聞いたルーは「えっ」と声を上げた。

「それ、知ってるわ。1つの武器に火の魔石と氷の魔石を同時に装着させる事に成功したっていう奴でしょ? でもその著者って……」

「あぁ、俺は当時の上司に論文を見せたんだが、丸パクリされちまったんだ」

 ムツヤは何のことだかわからないでいたが、あまり良いことではない事は何となく察する。

「もちろん抗議はしたさ、だが誰も俺を信じてはくれなかった。その上俺は左遷されちまって、1日中骨董品の道具をただ鑑定する仕事になっちまった」

 そこまで言うとギルスは笑いながら言った。

「そしたらさ、何か急に全部が馬鹿らしくなってよ、仕事やめちまったよ。そんで今は武器屋の店主ってわけ」

「そうだったの……」

 ルーは初めて聞いたギルスの詳しい過去話に同じ研究者として物凄く気の毒に思う。

「ギルス、大変だったんだな」

 モモも研究については良く分からないが、ギルスが酷い思いをしたことだけは理解した。恐らくこの店にいるほぼ全員が同じ感情を持っているだろう。

「だから、もう研究なんてまっぴらごめんだね。それに俺は研究がしたいだけと言ったが、もちろん研究した結果世間に評価されたいという欲もある。話を聞く限り裏の道具の話はおおやけに出来ないんだろう?」

 みんな言葉を失った。ギルスを何と言って説得すれば良いのかわからなくなった。

 そんな気まずい沈黙を破ったのはムツヤだった。

「ギルスさんお願いします! 助けて下さい! 俺が持ってきた裏の道具のせいで亜人さん達が危ないんです!!」

 そう言ってムツヤは深く頭を下げる、それを見たギルスはポリポリと頭をかいて返事をする。

「いくら友達の頼みって言ったって限度がある。裏の道具の研究自体危険なものだろうし、俺までキエーウに狙われるリスクだってあるんだろう?」

「じゃあ、どうしたら研究をしてくれるんだ?」

 モモは胸に手を当ててギルスへと言った。するとニヤリと笑った彼はこう言った。

「誠意だ、誠意を見せてくれ。そうだな…… 俺は100万バレシで喜んで研究をしよう」

「100万!?」

 モモは驚き声を上げた、100万バレシと言えば数年は遊んで暮らせる程の大金だ。アシノは目をつぶって考え、開くと同時に言葉を放つ。

「わかった、100万バレシだな。用意してやるよ」

「期待して待ってるよ、赤髪の勇者」

 アシノはきびすを返して店から出る。それに続くように皆でまたゾロゾロと店を出ていった。

 そして場所は戻ってギルドの応接室、ギルドマスターのトウヨウにギルスの1件を話し終えた所だ。

「100万バレシか、いくら俺がギルドマスターといえど目的を明かさずにギルドの金をそこまで使うわけにはいかないな」

 両腕を組んでトウヨウは難しい顔をする。

「俺の懐から出しても良いが、これも目的を明かさずにそんな大金を動かしたとなると街で噂をする者が現れるだろう」

「何か適当な理由でも付ければ良いんじゃねーの?」 

 アシノはじれったそうに言った。何かを考えているトウヨウの代わりにルーがアシノに聞く。

「アシノが勇者してた時に稼いだお金は無いの?」

「私は稼いだ金は、魔人を倒すために雇った腕利きの連中への報酬でほとんど使っちまったし、残りは道具やら武器防具に消えた」

 ふんふんとルーは話を聞いて続けて言う。

「それだったら、その道具や武器防具を売っちゃうのはどう? どーせムツヤの裏の道具があるんだし、いらないでしょ。少しは足しになるんじゃない?」

 そう言われるとアシノは気まずそうに視線をそらした。

「あーえーっと、そのだな、全部飲み代の為に二束三文で売っちまった」

 はぁーっとルーはため息をつく。そして考えがまとまったのか、トウヨウが話し始める。

「2つ手がある、1つは俺が懐から100万バレシを出すこと、そしてもう1つは……」

「翼竜を倒すことだ」

「よ、翼竜ですか!?」

 ユモトは驚きの声を上げると、トウヨウは静かに頷いた。

「ここから3つ先の山の上に翼竜が巣を作り始めているらしい。被害が出る前に討伐をと依頼が来ている」

「その、翼竜って強いんですか?」

 ムツヤはコチラの世界のモンスターの強さを知らない。竜とは何度か戦ったことはあるが、少しばかり不安になる。

「一般の冒険者なら300人がかりで、訓練を積んだ軍人なら100人がかりで倒せるって言われているわ」

 ルーは真面目な顔をして言い、流石のムツヤも冷や汗をかきそうになった。

「自慢じゃないが、もし仮に私がクソみたいな能力しか使えなくなる前だとしても苦戦する相手だ」

 モモはそこで疑問を持つ。

「翼竜は噂でしか聞いたことが無いのですが、もしかして魔人より強い相手なのですか?」

 するとアシノは首を横に振る。

「違う、魔人の方が圧倒的に強い。翼竜は強いと言うより厄介なんだ。飛び回ってメチャクチャに暴れまわるからな。だから集団で遠距離魔法やら、弓やらで波状攻撃をするのが得策なんだ」

 なるほどとモモとユモトは納得した。ふむと頷いてトウヨウは話す。

「アシノが言った通り、翼竜の討伐は集団で行う。だから報酬も高めに設定されているのだ。今回は国からの依頼で軍より先に倒せば100万バレシが報酬として提示されている」

「私達で倒しちゃえばそれを総取りってわけね、こっちには最終兵器ムツヤっちが居るし」

「ですが、ムツヤさんは下級冒険者って事になっていますよ? それに僕達も下級ですし…… 怪しまれませんか?」

 ユモトが言う通り冒険者には下級・中級・上級がいる。ちなみに上級になった後で国からの試験を受けて合格して晴れて勇者になれる。

「居るじゃない、勇者が」

 ルーに言われてユモトはハッとしてアシノの方を見た。

「あー…… ルー、お前の考えは読めた。ムツヤに翼竜を倒させて、私が倒したって事にするつもりだろう?」

「ご明察」

 ニコッとルーは笑って言った。するとトウヨウが咳払いを1つして立ち上がる。

「この依頼をお前たちに任せる前に1つ確認しておきたいことがある」

 そう言ってトウヨウはムツヤを見た。

「ムツヤ、一度私と戦ってみせろ」