「おのれぇー!!!」

 そう声を荒げて二人目のオークも剣を振り下ろしてきたが、剣身を横から手のひらで押し出される様に払いのけられた。

 それを見てギョッとした次の瞬間にオークは宙に浮いて茂みに吹き飛ばされている。

 攻撃が軽すぎるというのがムツヤの感想だった。

 塔の下層に居る『でっかいカマキリ』の斧の方が数倍以上早くて重い。

 残るは眼前のオークの女だけだが、それよりもちょっと強く殴りすぎて死んでいないかなとムツヤはオークの心配をした。

 悪役であることが多いし、実際に今オークに襲われているが、言葉を交わした相手を殴り飛ばすのは気分の良いものではない。

 そう、出来れば殺すこともしたくはない。

「貴様何者だ? 誰かに雇われた暗殺者か」

 オークの女はそう言っていつ斬りかかってきてもおかしくない殺気を持ち剣を構える。

「いやだがら、本当に何も知らねーしこっちの世界に来たばっかだし…… っていうか仲間の人は大丈夫? 思ったよりも強く殴り飛ばしちゃった気がすっけど……」

 ムツヤは後ろの茂みに転がる二人を心から心配していたが、オークの女の耳には煽りとして届いてしまったらしい。

「ナメるのもいい加減にしろ!」

 声を張り上げてオークの女はムツヤに斬りかかってきた「あぶん」と奇声を出してムツヤはそれを避ける、危ないを言いそびれたのだろう。

「あーもー、ちょっと待っでって!」

 言葉尻を上げてオークの女の剣を横から殴ると剣はそこから2つに割れて砕け散る。

「あっごめん、やりすぎちゃった……」

 オークはそれを見て表情を凍らせた、これが生身の人間の技か? 人間より数倍力に優れているオークでさえ振り下ろされた剣を叩き折るなんて芸当はできない。

 魔法で強化でもしているのだろうか? だが恐怖は次第に怒りに変わり、腰に刺していた短剣を引き抜く。

「ここまで戦いでナメられたのは初めてだ、私達を馬鹿にするために、力の差を見せつけるためにやっているのか? 貴様らは何故そこまでオークを目の敵にする」

 短剣を両手で持ち、オークの女はムツヤに向かって捨て身の特攻をする。やむを得ずムツヤはそのオークの腹に軽めの手刀を食らわせた。

 瞬間オークは唾液を、時間を置いて少しばかりの胃液を吐き出して地面にうずくまる。

「屈辱だ…… 私達を笑いに来たんだな貴様は……」

 オークの女はしゃがみこんだままの状態でハァハァと乱れた呼吸を整わせてから顔を上げる。

 苦しさからか緑色の顔が少し赤みを帯びて、潤んだ目からは涙が滲んでいた。

 そして言う。

「っく…… 殺せ……」

「いや、お前が言うんかい!」

 ビシッと右手を上げムツヤは人生で初めて見知らぬ他人に、いや、他オークにツッコミを入れる。

 そこには静寂と寂しげな風がサーッと流れた。

「それってオークが女騎士に言わせるやつだしょ? 何で、何でオークが? それぐらい俺だって知ってるよ? 田舎者だからってなめんじゃねー!」

 そう言われた女オークは目をギュッとつぶり、悔しさと怒りの声を絞り出す。

「貴様もそうやってオークを偏見の目で見るのだな、誰でも襲う醜い豚と! 性欲の化物と! 貴様の悪趣味に付き合ってなぶり殺しにされるつもりはない、もうこれ以上生きて屈辱は受けぬ!」

 ムツヤに背を向けるとオークの女は短剣を自分の喉元に充てがい、一筋の涙を流した。

「ヒレー、済まない。私は先に行って待っている。先立つ私を許してくれ」

「お、おいちょ、ちょっど待でー!」

 オークの女はそのまま覚悟を決めて目をつぶり短剣を自分の元に引き寄せる。

 痛みが走らない。

 興奮で感覚が麻痺しているのか、それとも痛みなく死ねたのか、肉を切る感触はあったのだが。

「ううううういっでええええええええ!!!!!」

 大声を聞いて目を開けると短剣は先程の人間の右手を貫いていた。

「な、何をしている!?」

「それはこっちのセリフだ馬鹿! お前それ死んじゃうべよ! え、なに、それやったら死ぬどかわがらんの!?」

 オークの女はうろたえた、目の前の人間が何をしているのか全くわからない。

 可能性があるとすれば、なぶり殺す趣味の為ならば、自分の体さえ犠牲にできる狂人なのだろうかと。

「間に合わねえから掴んじゃっだけどクソ痛てえええええ! ってか刺さってんじゃん、こんな怪我久しぶりだ、くそー!」

 人間は手から短剣を抜き取り、左手で出した光を血が吹き出している右手に当てた。

 すると一瞬で男の傷口が塞がっていった、治癒魔法は今まで何度も見たことがあるがここまで見事な物は初めて見る。

「傷が一瞬で……!? 何故助けた? 本当にお前は何者なのだ!?」

「だーがーらー、俺はもう本当にさっぎごの世界に来だの! あ、俺は『ムツヤ・バックカントリー』って言います」

 女オークは男の言う『この世界』が何を意味するかは分からないが、男の名前は知ることが出来た。

 この男、ムツヤに対する質問は山のようにある。