アシノも寝付けずにいて、寝酒を探すために居間に戻ってきた。居間は魔道具の光があるために昼間のように明るい。

 裏の道具と間違えられて寝間着を奪われたルーはメイド服を着ている。

「あら、アシノ、私の事が恋しくなっちゃった?」

 ルーはソファに座りながら首を後ろに倒してアシノを見た。

「ばかいえ、私が恋しくなったのはこいつだよ」

 そう言ってアシノは蒸留酒を片手に持つ。

「あら、飲んだくれの悲劇の勇者は卒業したのだと思ったのだけど」

 嫌味な笑顔を作ってルーは言う、言ったのがルーでなければアシノは完全に逆上していただろう。

「そんなもん周りが勝手に言っていただけだ」

 アシノはルーの隣にドカッと座ると、コップに蒸留酒を注ぐ。

「おい、氷くれ」

「はいはーい」

 ルーは指先から氷を生み出してコップの中にポチャリと入れた。アシノが見つめる茶色い水面が波打って揺れる。それにマドラーを入れてカラカラと回し始めた。

「なぁ、このメンツで本当にムツヤのカバンを守りながら裏の道具を回収できると思うか?」

 そう問いかけられると、ルーは前かがみになって頬杖をする。

「正直言って、無理ではないけど結構しんどいわね」

 その答えを聞くとアシノは酒を一口飲んだ。口の中にアルコールの風味が広がり、喉が熱くなった。

「でも、ギルドマスターも言っていたけど。一番まずいのは国に裏の道具の存在がバレることだからね」

 その通りだ。国に裏の道具の存在がバレてしまえば確実に取り上げられて戦争が起こる。

「私は、魔人を倒せば世界はきっと良くなると信じていた」

 また酒を1口2口と飲んだ、疲れがあるからだろうか、酔いが回るのが早い気がした。

「人間に欲望がある限り争いは無くならないからねー」

 ルーはあっけらかんとそう言う。

「平和って何なんだろうな」

 アシノはポツリと呟いた。それに対してルーはゲラゲラと笑う。

「なーにー? 勇者の次は哲学者にジョブチェンジ? 似合わない似合わないやめときなって。あっ、一応ハリセンで頭叩いといてあげようか?」

 アシノはちゃかされても特に怒りも笑いもしなかった。

「私は、全部の能力を失った事もあったが、その3日後に魔人を倒されてしまった事も…… 悔しかったんだ」

「魔人が倒されれば、平和になればそれで良いと本気で思っていたつもりだった」

 アシノはここで酒を一気に飲み干す。

「私は悲劇の勇者でも何でも無い。ただ、自分の能力を、力を皆に見せつけて認めさせたかっただけだったんだ」

 空になったコップを見つめた。

「ただ、自慢がしたかっただけなんだ。その延長線上が魔人を倒すことだった。だから…… 自分の存在が否定された気がした」

 ルーは黙って聞いていたが突然アシノを引き寄せて頭を自分の太ももの上に乗せた。

「な、何すんだお前!!」

「うーん? いい子いい子してあげようかなーって思って」

「やめろ、私はこういう趣味は無い」

 ルーは起き上がろうとするアシノの肩を左手でがっしりと押さえつけて右手で頭を撫でる。

「たとえアシノが自分のためにやってきた事だとしても、それで救われた人は大勢いるんだから良いじゃない。えらいえらい」

 左手をアシノの肩からどける、どうやらもう抵抗する意志は無さそうだった。

「それに、やっと話してくれたね。どういう心境の変化か知らないけど」

 ルーは優しい慈母のような笑顔でアシノを見つめている。

「……ちょっと酔っただけだ」

「ギルドの酒場で酔っ払ってる時は邪険に扱ってきたくせにー」

 アシノはやっぱりこの女は苦手だと思った。どうも調子が狂ってしまう。

「こんな所誰かに見られたくない、私はもう寝る」

 そう言ってアシノは立ち上がると居間から出ていく。その背中にルーは「はーいおやすみー」と言葉を投げ、また視線を探知盤に戻した。



(イラスト:有機ひややっこ先生)

 朝になりユモトは目が覚めた。若干、寝不足気味だが、時間になるとちゃんと起きてしまう。

 居間ではルーが真剣な表情で探知盤を見ていた。あれからずっとそうしていたのかと思うと、ユモトは尊敬と感謝の念を覚える。

「おはようございます、ルーさん」

「あぁ、おはよーユモトちゃん」

 元気そうにウィンクをしたが、その顔には少し疲れが見えた。

「あの、ルーさんも少し休まれては?」

「私が休んじゃったら探知盤見る人が居なくなっちゃうからねー、ヘーキヘーキ」

「そうですね…… すみません」

 ユモトは気遣って言った言葉だが、当たり前の事を返されて言葉が出なくなる。

「それよりお腹空いちゃった!!! ユモトちゃんごはん頂戴ごはん!!!」

 メイド服を着たルーはソファの上でニーソックスを履いた足をバタバタとさせた。

「はい、今作りますね」

 笑顔でユモトは言った後に朝食の準備に取り掛かる。

 やがて、簡単な朝食が出来上がるとユモトは皆を起こして回った。

「ンまあーーーい!!! さすがユモトちゃん、絶対私のお嫁さんにするから!!!」

 皆が揃う前にルーはガツガツと朝食を食べている。

「ですから、僕は男ですって」

 半分諦めたような苦笑いでユモトは言った。

「ルー殿、一晩中寝ずの番お疲れさまです」

「いいのいいの、私は夜の方が元気だから」

 モモがねぎらいの言葉を掛けると握ったフォークと一緒に手を振る。

「でも私、流石に朝になったら眠くなってきちゃったからギルドまでは誰かおんぶしていってよねー」

「お前は子供か」

 アシノは呆れたように言った。他愛もない会話をしながら朝食をとる、昨日キエーウというテロリストによる襲撃があったとは思えないほど穏やかな朝だ。

 そして朝食を食べ終えると全員が準備を終え、スーナの街のギルドを目指す。

「よーししゅっぱーつ!!! それいけムツヤ号!!」

「はい!」

 ムツヤの背中には本当にルーが乗っかっていた。

 裏の道具である『魔法の固定具』でしっかりと密着している上に、ルーはギューッと抱きついているので背中には小柄な体の割には大きな2つの柔らかい感触が感じられる。

 デレデレとした表情になるムツヤを見てモモは一言進言した。

「あ、あのー? ムツヤ殿? やはりルー殿は従者である私が背負うべきでは?」

 しかし、ルーはムツヤにしがみついたままだ。

「モモちゃん、これって魔力流しながら背負うと疲れも軽減されるし、私が力を抜いても落っこちないスグレモノっぽいの」

「大丈夫ですよモモさん、俺が背負っていきます」

 モモは複雑な気持ちになったが、確かに体力のあるムツヤが背負うのは理にかなっているので、それ以上何も言えなかった。